勉強は大学を卒業したらそれで終わりではない。それからが本番?(加藤秀俊)
私が敬愛していた故.加藤秀俊(下写真)は、私が学ぶべきことを次から次に論述していってくれていたのみならず、共感すべき点が多かったので、一気にこの人の本を中古本で見つけたらすぐに買い、中古本屋にないものは大学の購買会で取り寄せて買って集めたのです。

このように夢中にならせてくれる著作家は、人生の中で5人といないのではないでしょうか?
そういう意味で、非常に貴重な人物でした。
共感とは、自分と同じ意見を持っているという面が強いですね。
そして、言い表すことが自分の能力では拙いながら、他の人が明確に言い当ててくれたから思いを寄せるようになった,ということが共感という面であります。
私は、小学校や中学校あたりから、学ぶべき事柄は、いくら成人してもどんどん出てくるのではないか、と思われて仕方なかったのです。
学校の教科書に書かれてないことで、学ばなくてはならないことはいくらでも出てきていたからです。
加藤秀俊の本で『独学のすすめ』という本で、まさにそういう場面が出てきていたのです。
そこには、「最終学歴が終わったらそれで終わりではない。いな、それが終わったら更に勉強していかなくてはならない。大学に入学した。それで満足するのではなく、更にここからしていかなくてはならない。」
ということが書かれていたのです。

成人してからこそが人生の本番なのだから、大学では遊んでいる暇はないのです。
社会の認識の内容と変遷、人との接しかた、言い方、人の上に立つ人間としての生きる姿勢、社会に出てからの各種技能の向上、運動(エクササイズ)の内容と行動、環境における行動、公害対策の内容と市民としての行動…いくらでもあるわけで、大学が終わったらそれでおしまい…なんていうのはおかしいのではないか?
そんな気がしていたところに、この加藤秀俊の言葉でした。
確かに、こういったことを主体的に学ばなくても、自分の属する集団‐代表的なのは会社ですね、会社が施してくれるのを待てばいい、という意見もあながち間違いではないですが、そういうスタンスよりも、自分から主体的に学び行動していった方が、レベルの向上になりますし、気持ち的にも心地よいことは間違いないのです。
こういう主体的に学ぶ姿勢のある人は、やはり現状に満足していないからそうしうるのです。
満足しない、ということは現状に不満を持って、それを改革していこうという気概のある、ということでしょう。
必ずしもそうではないですが大勢としてはそういう傾向があるのは否めない事実でしょう。
そういう人の多数の輩出を大学で学ぶ科学、あるいは学問といわれるものは目指しているのです。
現状の悪い意味での維持よりも、現状を変革していこうという気概を持った人が出て、変革のための行動をしてくれるのを目指しているのです。
そういう人が多ければ多いほどいいのは言うまでもないのです。
こういうことをしても、お金がもらえるわけでもなければ、栄誉が付くわけでもないです。

だから難しいといえば難しいのですが、早く多くの人が気付いて行動に結びつけてほしいものです。
それは何も大学でなければ学べないというような狭いものではなく、今の現代社会では本があふれていますから、そういう本を安いものでもいいから読みまくることで、次から次に学んでいける性質のものなのです。
一子相伝などというような秘伝的なものなどこんにちではないのです。
その『独学のすすめ』という本の冒頭では、「その辺でぶらぶらしている大学生ふぜいの知識などたいしたことない」と辛らつに書いていますが、その通りなのです。
ぶらぶらしながら大学生活を送ることが死刑並みの悪いこととは言いませんし、そういう生活を送りたい人は責めたりはしないですが、もったいない気がします、お金も時間も。
●そんな内容に興味ある人には以下の電子書籍.ペーパーバックをお勧めします。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
このように夢中にならせてくれる著作家は、人生の中で5人といないのではないでしょうか?
そういう意味で、非常に貴重な人物でした。
共感とは、自分と同じ意見を持っているという面が強いですね。
そして、言い表すことが自分の能力では拙いながら、他の人が明確に言い当ててくれたから思いを寄せるようになった,ということが共感という面であります。
私は、小学校や中学校あたりから、学ぶべき事柄は、いくら成人してもどんどん出てくるのではないか、と思われて仕方なかったのです。
学校の教科書に書かれてないことで、学ばなくてはならないことはいくらでも出てきていたからです。
加藤秀俊の本で『独学のすすめ』という本で、まさにそういう場面が出てきていたのです。
そこには、「最終学歴が終わったらそれで終わりではない。いな、それが終わったら更に勉強していかなくてはならない。大学に入学した。それで満足するのではなく、更にここからしていかなくてはならない。」
ということが書かれていたのです。
成人してからこそが人生の本番なのだから、大学では遊んでいる暇はないのです。
社会の認識の内容と変遷、人との接しかた、言い方、人の上に立つ人間としての生きる姿勢、社会に出てからの各種技能の向上、運動(エクササイズ)の内容と行動、環境における行動、公害対策の内容と市民としての行動…いくらでもあるわけで、大学が終わったらそれでおしまい…なんていうのはおかしいのではないか?
そんな気がしていたところに、この加藤秀俊の言葉でした。
確かに、こういったことを主体的に学ばなくても、自分の属する集団‐代表的なのは会社ですね、会社が施してくれるのを待てばいい、という意見もあながち間違いではないですが、そういうスタンスよりも、自分から主体的に学び行動していった方が、レベルの向上になりますし、気持ち的にも心地よいことは間違いないのです。
こういう主体的に学ぶ姿勢のある人は、やはり現状に満足していないからそうしうるのです。
満足しない、ということは現状に不満を持って、それを改革していこうという気概のある、ということでしょう。
必ずしもそうではないですが大勢としてはそういう傾向があるのは否めない事実でしょう。
そういう人の多数の輩出を大学で学ぶ科学、あるいは学問といわれるものは目指しているのです。
現状の悪い意味での維持よりも、現状を変革していこうという気概を持った人が出て、変革のための行動をしてくれるのを目指しているのです。
そういう人が多ければ多いほどいいのは言うまでもないのです。
こういうことをしても、お金がもらえるわけでもなければ、栄誉が付くわけでもないです。
だから難しいといえば難しいのですが、早く多くの人が気付いて行動に結びつけてほしいものです。
それは何も大学でなければ学べないというような狭いものではなく、今の現代社会では本があふれていますから、そういう本を安いものでもいいから読みまくることで、次から次に学んでいける性質のものなのです。
一子相伝などというような秘伝的なものなどこんにちではないのです。
その『独学のすすめ』という本の冒頭では、「その辺でぶらぶらしている大学生ふぜいの知識などたいしたことない」と辛らつに書いていますが、その通りなのです。
ぶらぶらしながら大学生活を送ることが死刑並みの悪いこととは言いませんし、そういう生活を送りたい人は責めたりはしないですが、もったいない気がします、お金も時間も。
●そんな内容に興味ある人には以下の電子書籍.ペーパーバックをお勧めします。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
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