今こそ日本人の学問に対するアティチュードを考えるべきでは? (加藤秀俊)
こんにちは。
学問というのは考えると不思議です。
日本人の誰もが憧憬の念を持っている雰囲気があります。
それで高校時代は、大学進学を目指して血眼になって勉強します。
それで苦心惨憺の末に大学に入学するも、大学での勉強に勤しむかと思えばそんなことなく、たいていの人は怠けます。

登録した講義には、だいたい半分くらい出席するだけで、ノートもとるかといえばそうでもなく、かいたり書かなかったり。
年末の試験のために、友人知人にノートを借りて、大学構内にあるコピー機や周辺のコンビニに行ってそれをコピーをして、そのコピーで勉強して試験に備えるのです。
登録した講義をだいたいどれだけ出席するのかという全国でのアンケートでは、8〜14%ということです。
この惨状を見て、「高校時代あんなに血眼になって勉強したのは何のためだったの?勉強が好きだから大学に来たんじゃないの?」と不思議でした。
嫌いならば大学に来なければいいじゃない、と思うのが自然でしょう。
なのに大半の人が何とか大学卒業までこぎつけるのです。
それに、講義の質は問われることはないのです。

それで卒業までこぎつけることが目的ゆえに、どんないい加減な講義をしようが毎年多くの人が受講するがゆえに、その講義のポストは確保されるわけです。
そんな状態では質の低下は免れないのです。
そんな状態では憤って、大学を辞める学生も当然いますが、哀しいけれども少数派なのです。
それが多数派になれば、必然的に質の向上は図られるわけです。
多くの学生に辞められたら自分のポストが危うくなる、と教授たちは危惧の念を抱くようになるからです。
そうなれば必死に研究に勤しむようになるのは必然です。
そんな質の低い教授の講義でも、毎年高い授業料を払い続けながら卒業までこぎつける…そんなパターンを私は大学時代に往々にして観てきました。
1コマの料金を、年間授業料から換算すると2500円くらいにはなるでしょうか?
今考えればそんな価値は全くないのは明らかでした。
普通の授業には平均100人以上が登録していました。
そうなれば、かなりの高額なお金を大学教授は得ていたのは間違いないです。
当時60歳を超えていた悪評高い(笑)、民法担当の某教授は、当時年収2000万円くらい得ていたでしょう。

その民法は法学部生にとっては必須科目だったので、ポストは永久的に確保されていたも同然でした。
しかし、声が小さく聞こえずらい講義だったのみならず、やたら難しい出題を毎年年末試験でするので毎年多くの人が民法を落第していたのです。
その時も小さな声ゆえに、書き損ねてしまった部分があったので、授業後にその教授に質問しに行きました。
その時、教授の手元にあった、まっちゃっちゃでボロボロな講義ノートを見て、私は思わず「うわっ!」と声を出してしましました。
その講義ノートが、その教授の人生を物語っていました。
研究らしい研究もせずに、毎年毎年同じ講義ノートを読んで説明しているだけ。
実際、その教授は35年間の教授生活の中で、編著本を1冊だけ出しただけでした。
そんな研究態度にも関わらず、学生には大きなものを要求する…人間の質も疑問が持たざるを得なかったですね!
また、私がとった政治学の教授は、学生時代にマックス.ウェーバーに憧れて教授になったにもかかわらず、これまでにどれだけ出したのか、私の大学のホームページを調べると、なんと1冊しか出していないのです。
「マックス.ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読んで涙して感動し、自分も大学の教員になればウェーバーみたいになれるのかな、と思ってこの道に進みましたがなれないんですね…」と語っていました。
ウェーバー(下写真)に、質で負けていると思うならばせめて数を出したらどうか?と思いましたね。

その教授は今70歳に近い年齢です。
いま、この教授に期待するのが筋なのでしょうか?
もう無理だろう、というのが正直なところです(笑)。
その教授に聞いたところ、だいたい1教授あたり毎月10万円の研究費を大学からもらっているようです。
しかし、そんなにもらっても、研究していないのは明らかです。
そんな莫大な額を大学卒業まで学生の親御さんに出してもらっているにもかかわらず、質は問われないから旧態依然としたまま。
まさに大学教授は職業天国なのです。
そんな甘い汁を教授たちに吸わせたくないならば、多くの大学生が大学を辞めればいいのですが、実際はそういう行動に出るパターンは少ないのです。
これはひとえに日本全体でわけもなく学問への情景の念があるからでしょう。

ゆえにその実質は問われることなく無批判のまま通り過ぎてしまう。
ここまで書くと、教授の誰もが怠け者ととらわれそうですがそんなことないはないのです(笑)
毎回、研究結果を出す如く素晴らしい講義をしてくれていたパターンはありました。
しかし、それは少なかったです。
私の出た大学の毎月発行していた学論集なるものが、廊下においてあって、それを無料で自由にとっていっていいということで、和私はとって自宅にもっていきました。
その多くを私は近年まで保管していました(笑)。
それを今読むも、なんとも読むに値しないものが多いです(笑)。
中身がまるでないし、書き抜きだけ、祖述だけ、引用ばかりというおよそ教授といわれるには疑問がわくものばかりです。
そういう文しか書かない教授の出した本はやはり、同じような質のモノなのが通常です。
そんな講義ならば、受けていないで、自分で本を買って読んで糧にすればいいじゃないか、と思うのです。
大学受験のために現代文を勉強したでしょう。
そこで培った能力を生かせばいいのです。

大学に疑問を抱いている人は、そのことに気付くべきでしょう。
講義に1コマ2500円の価値があるのかどうか?
今はもっと高いですよね?
それに費やすならば、古本屋で安い本を買って読んで勉強すればいいのでは?
そんな疑問がわいて仕方ないのです私は。
毎年毎年同じ講義ノートを読んで説明しているだけの教授に年収1000万円だの2000万円だのといった高額な給料を払ってあげる必要があるかどうか?
ないと判断すならば、即刻大学を辞めるべきではないのか、と思わずにはいられないのです私は。
しかし、私は大学が違ったがゆえに、講義を受けることはできなかったけれども、大学が同じだったらどうしても受けただろうと思わざるを得なかった社会学者がいました。
それが加藤秀俊(下写真)です。

この人は故人ですが、生前は100冊以上もの本を出していたのです。
それもいずれの本もついつい読み進めてしまい、本来、トレーニング前のコーヒータイムのつもりで喫茶店にいって、その人の本を読んでいたら3時間くらいたってしまって、そのままトレーニングに行く気力がなくなって、そのまま帰宅…なんていう経験があるくらいです(笑)
この人の書いた本は、先の書き抜きだけ、祖述だけ、引用ばかりというものではなかったですし、毎回違う講義ノートを作成して講義に臨んでいたという教授としての素晴らしい姿を体現していた人なのです。
●そんな教授に興味の沸いた人には読んでもらいたいのが以下の電子書籍、ペーパーバックになります。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
是非とも、覗いてもらいたいものです!
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
学問というのは考えると不思議です。
日本人の誰もが憧憬の念を持っている雰囲気があります。
それで高校時代は、大学進学を目指して血眼になって勉強します。
それで苦心惨憺の末に大学に入学するも、大学での勉強に勤しむかと思えばそんなことなく、たいていの人は怠けます。
登録した講義には、だいたい半分くらい出席するだけで、ノートもとるかといえばそうでもなく、かいたり書かなかったり。
年末の試験のために、友人知人にノートを借りて、大学構内にあるコピー機や周辺のコンビニに行ってそれをコピーをして、そのコピーで勉強して試験に備えるのです。
登録した講義をだいたいどれだけ出席するのかという全国でのアンケートでは、8〜14%ということです。
この惨状を見て、「高校時代あんなに血眼になって勉強したのは何のためだったの?勉強が好きだから大学に来たんじゃないの?」と不思議でした。
嫌いならば大学に来なければいいじゃない、と思うのが自然でしょう。
なのに大半の人が何とか大学卒業までこぎつけるのです。
それに、講義の質は問われることはないのです。
それで卒業までこぎつけることが目的ゆえに、どんないい加減な講義をしようが毎年多くの人が受講するがゆえに、その講義のポストは確保されるわけです。
そんな状態では質の低下は免れないのです。
そんな状態では憤って、大学を辞める学生も当然いますが、哀しいけれども少数派なのです。
それが多数派になれば、必然的に質の向上は図られるわけです。
多くの学生に辞められたら自分のポストが危うくなる、と教授たちは危惧の念を抱くようになるからです。
そうなれば必死に研究に勤しむようになるのは必然です。
そんな質の低い教授の講義でも、毎年高い授業料を払い続けながら卒業までこぎつける…そんなパターンを私は大学時代に往々にして観てきました。
1コマの料金を、年間授業料から換算すると2500円くらいにはなるでしょうか?
今考えればそんな価値は全くないのは明らかでした。
普通の授業には平均100人以上が登録していました。
そうなれば、かなりの高額なお金を大学教授は得ていたのは間違いないです。
当時60歳を超えていた悪評高い(笑)、民法担当の某教授は、当時年収2000万円くらい得ていたでしょう。
その民法は法学部生にとっては必須科目だったので、ポストは永久的に確保されていたも同然でした。
しかし、声が小さく聞こえずらい講義だったのみならず、やたら難しい出題を毎年年末試験でするので毎年多くの人が民法を落第していたのです。
その時も小さな声ゆえに、書き損ねてしまった部分があったので、授業後にその教授に質問しに行きました。
その時、教授の手元にあった、まっちゃっちゃでボロボロな講義ノートを見て、私は思わず「うわっ!」と声を出してしましました。
その講義ノートが、その教授の人生を物語っていました。
研究らしい研究もせずに、毎年毎年同じ講義ノートを読んで説明しているだけ。
実際、その教授は35年間の教授生活の中で、編著本を1冊だけ出しただけでした。
そんな研究態度にも関わらず、学生には大きなものを要求する…人間の質も疑問が持たざるを得なかったですね!
また、私がとった政治学の教授は、学生時代にマックス.ウェーバーに憧れて教授になったにもかかわらず、これまでにどれだけ出したのか、私の大学のホームページを調べると、なんと1冊しか出していないのです。
「マックス.ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読んで涙して感動し、自分も大学の教員になればウェーバーみたいになれるのかな、と思ってこの道に進みましたがなれないんですね…」と語っていました。
ウェーバー(下写真)に、質で負けていると思うならばせめて数を出したらどうか?と思いましたね。
その教授は今70歳に近い年齢です。
いま、この教授に期待するのが筋なのでしょうか?
もう無理だろう、というのが正直なところです(笑)。
その教授に聞いたところ、だいたい1教授あたり毎月10万円の研究費を大学からもらっているようです。
しかし、そんなにもらっても、研究していないのは明らかです。
そんな莫大な額を大学卒業まで学生の親御さんに出してもらっているにもかかわらず、質は問われないから旧態依然としたまま。
まさに大学教授は職業天国なのです。
そんな甘い汁を教授たちに吸わせたくないならば、多くの大学生が大学を辞めればいいのですが、実際はそういう行動に出るパターンは少ないのです。
これはひとえに日本全体でわけもなく学問への情景の念があるからでしょう。
ゆえにその実質は問われることなく無批判のまま通り過ぎてしまう。
ここまで書くと、教授の誰もが怠け者ととらわれそうですがそんなことないはないのです(笑)
毎回、研究結果を出す如く素晴らしい講義をしてくれていたパターンはありました。
しかし、それは少なかったです。
私の出た大学の毎月発行していた学論集なるものが、廊下においてあって、それを無料で自由にとっていっていいということで、和私はとって自宅にもっていきました。
その多くを私は近年まで保管していました(笑)。
それを今読むも、なんとも読むに値しないものが多いです(笑)。
中身がまるでないし、書き抜きだけ、祖述だけ、引用ばかりというおよそ教授といわれるには疑問がわくものばかりです。
そういう文しか書かない教授の出した本はやはり、同じような質のモノなのが通常です。
そんな講義ならば、受けていないで、自分で本を買って読んで糧にすればいいじゃないか、と思うのです。
大学受験のために現代文を勉強したでしょう。
そこで培った能力を生かせばいいのです。
大学に疑問を抱いている人は、そのことに気付くべきでしょう。
講義に1コマ2500円の価値があるのかどうか?
今はもっと高いですよね?
それに費やすならば、古本屋で安い本を買って読んで勉強すればいいのでは?
そんな疑問がわいて仕方ないのです私は。
毎年毎年同じ講義ノートを読んで説明しているだけの教授に年収1000万円だの2000万円だのといった高額な給料を払ってあげる必要があるかどうか?
ないと判断すならば、即刻大学を辞めるべきではないのか、と思わずにはいられないのです私は。
しかし、私は大学が違ったがゆえに、講義を受けることはできなかったけれども、大学が同じだったらどうしても受けただろうと思わざるを得なかった社会学者がいました。
それが加藤秀俊(下写真)です。
この人は故人ですが、生前は100冊以上もの本を出していたのです。
それもいずれの本もついつい読み進めてしまい、本来、トレーニング前のコーヒータイムのつもりで喫茶店にいって、その人の本を読んでいたら3時間くらいたってしまって、そのままトレーニングに行く気力がなくなって、そのまま帰宅…なんていう経験があるくらいです(笑)
この人の書いた本は、先の書き抜きだけ、祖述だけ、引用ばかりというものではなかったですし、毎回違う講義ノートを作成して講義に臨んでいたという教授としての素晴らしい姿を体現していた人なのです。
●そんな教授に興味の沸いた人には読んでもらいたいのが以下の電子書籍、ペーパーバックになります。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
是非とも、覗いてもらいたいものです!
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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