高校までの勉強と大学のそれとはどう違うか?大学の勉強だけが最重要ではないが…ではどうする? (加藤秀俊)
懐かしいですが、普通の私立の文系大学を受験する場合を想定しましょう。
だいたい3科目が普通ですが、どのような選択をしますでしょうか?
英語、国語、世界史…この3科目を選んで受験しようとした場合、かなり難しいのではないでしょうか?
私が一番得策と思うのは、英語、国語、日本史ではないでしょうか?
なぜならば、英語、国語、日本史の場合の方が時間節約できるし、日本史で知ったことが国語でも通用するからです。
国語には、国文学の歴史の問題も出てくるので別途勉強しなくてはいけないのです。

しかし、日本史を選択した場合は、国文学の歴史を含んでいるので、それを別途勉強する必要がないからです。
しかし、世界史を選択した場合、世界史は範囲が広いですし、その上別途、国文学の歴史も学ばなくてはならないから労力と時間が必要です。
そういうことは進学校の場合は、周りの人間が情報を把握しているので、そういうことを教えあうことが出来るのがメリットです。
しかし、私のような底辺高校の出身の場合は、そういう情報を自身で把握しなければならないので、時間がたって知ることになります。
進学校出身の人はうらやましいと思った次第です(笑)。
しかし、のちに知ったこととて、進学校出身の人は気にも留めなかった可能性が高いです。
なぜならば、進学校では定期試験が厳しいですし、それゆえに、学んだことも脳内に記憶もしていたがゆえに、別途国文学の歴史を学ぶこともなんともなかった可能性が高いです。

しかし、私のような底辺高校出身の人間はそういうことはまるで不可能でした(笑)。
定期試験はかなり緩かったですし、それゆえに試験後は学んだ内容は雲散霧消してしまいましたから…(笑)。
ゆえに大学受験での試験では、記憶する量が少なくするのが得策ということです。
しかし、大学やそれ以降からの勉強は、知識が多ければ多いほどいいのです。
まるで逆なのです。
大学の講義で指定される本をただ読んでいるだけでは、年末試験の論文ではいいものが書けないのです。
しかし、きついことですが、シーズンオフからいろんな他の学問の本を読み続けることで、その学問の試験で使える理論を学ぶことが出来るのです。
その理論を盛ることで、知的な論文が書けるのです。
その「他の学問」は、どの学問かと言われれば、それはケースバイケースなので、答えはないです。

なので、いろんな本を乱読してもらうほかないのです。
私の大学の理事長だった人の書いた文に「むさぼるように本を読む。それが将来の糧になる。何も難しい内容の本を読む必要はないのです。それが学生たちに贈るメッセージです!」というのがあったのを思い出します。
まさにその通りです。
ゆえに、1つの専門に閉じこもることなく、いろんな学問を学ぶのが得策、ということです。
好きな教科だけ出席するのではなく、他のも積極的に出席する。
気の赴くまま、いろんな学問の本を読むのがいいということです。
新本屋に売っているものでも、古本屋に売っているものでもなんでもいいのです。
読むことをお勧めします。
他の学問で知ったことが他の学問でも応用して使える。
その応用の過程を愉しめるゆえに、これまでの勉強よりも大学の勉強こそが一番楽しかったと正直に言えます。
大学時代、その楽しさを周りの人間に語り勉強に勤しむことを奨励しましたが、誰も応じてくれなかったです(笑)

それはどうしてそういう結果になってしまうのか?
悲嘆にくれましたが(笑)、それをことさら悲嘆する必要はないのもわかりました。
学業に勤しむことが出来ないから人間失格、学生失格…そんな風に思ってしまうむきもありますが、そんなことはないでしょう。
社会に出てもっと広く視野を広げてみれば、そういった学業をおろそかにしていても、社長として、家長として立派に営んでいる人もいっぱいいます。
大学を中退しても、名を遂げているひとや大きな利益を上げている社長になっている人もいます。
ならば大学における学問へのスタンスをどうすればいいか?
●そんなヒントを与えてくれる電子書籍、ペーパーバックは以下です。
(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
だいたい3科目が普通ですが、どのような選択をしますでしょうか?
英語、国語、世界史…この3科目を選んで受験しようとした場合、かなり難しいのではないでしょうか?
私が一番得策と思うのは、英語、国語、日本史ではないでしょうか?
なぜならば、英語、国語、日本史の場合の方が時間節約できるし、日本史で知ったことが国語でも通用するからです。
国語には、国文学の歴史の問題も出てくるので別途勉強しなくてはいけないのです。

しかし、日本史を選択した場合は、国文学の歴史を含んでいるので、それを別途勉強する必要がないからです。
しかし、世界史を選択した場合、世界史は範囲が広いですし、その上別途、国文学の歴史も学ばなくてはならないから労力と時間が必要です。
そういうことは進学校の場合は、周りの人間が情報を把握しているので、そういうことを教えあうことが出来るのがメリットです。
しかし、私のような底辺高校の出身の場合は、そういう情報を自身で把握しなければならないので、時間がたって知ることになります。
進学校出身の人はうらやましいと思った次第です(笑)。
しかし、のちに知ったこととて、進学校出身の人は気にも留めなかった可能性が高いです。
なぜならば、進学校では定期試験が厳しいですし、それゆえに、学んだことも脳内に記憶もしていたがゆえに、別途国文学の歴史を学ぶこともなんともなかった可能性が高いです。

しかし、私のような底辺高校出身の人間はそういうことはまるで不可能でした(笑)。
定期試験はかなり緩かったですし、それゆえに試験後は学んだ内容は雲散霧消してしまいましたから…(笑)。
ゆえに大学受験での試験では、記憶する量が少なくするのが得策ということです。
しかし、大学やそれ以降からの勉強は、知識が多ければ多いほどいいのです。
まるで逆なのです。
大学の講義で指定される本をただ読んでいるだけでは、年末試験の論文ではいいものが書けないのです。
しかし、きついことですが、シーズンオフからいろんな他の学問の本を読み続けることで、その学問の試験で使える理論を学ぶことが出来るのです。
その理論を盛ることで、知的な論文が書けるのです。
その「他の学問」は、どの学問かと言われれば、それはケースバイケースなので、答えはないです。
なので、いろんな本を乱読してもらうほかないのです。
私の大学の理事長だった人の書いた文に「むさぼるように本を読む。それが将来の糧になる。何も難しい内容の本を読む必要はないのです。それが学生たちに贈るメッセージです!」というのがあったのを思い出します。
まさにその通りです。
ゆえに、1つの専門に閉じこもることなく、いろんな学問を学ぶのが得策、ということです。
好きな教科だけ出席するのではなく、他のも積極的に出席する。
気の赴くまま、いろんな学問の本を読むのがいいということです。
新本屋に売っているものでも、古本屋に売っているものでもなんでもいいのです。
読むことをお勧めします。
他の学問で知ったことが他の学問でも応用して使える。
その応用の過程を愉しめるゆえに、これまでの勉強よりも大学の勉強こそが一番楽しかったと正直に言えます。
大学時代、その楽しさを周りの人間に語り勉強に勤しむことを奨励しましたが、誰も応じてくれなかったです(笑)
それはどうしてそういう結果になってしまうのか?
悲嘆にくれましたが(笑)、それをことさら悲嘆する必要はないのもわかりました。
学業に勤しむことが出来ないから人間失格、学生失格…そんな風に思ってしまうむきもありますが、そんなことはないでしょう。
社会に出てもっと広く視野を広げてみれば、そういった学業をおろそかにしていても、社長として、家長として立派に営んでいる人もいっぱいいます。
大学を中退しても、名を遂げているひとや大きな利益を上げている社長になっている人もいます。
ならば大学における学問へのスタンスをどうすればいいか?
●そんなヒントを与えてくれる電子書籍、ペーパーバックは以下です。
(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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