加藤秀俊に学ぶ今の学者や学生に必須のスタンスとは? (加藤秀俊)
私が大学時代に知り、すぐさまぞっこんになって、その著書をすべて集めてしまったという経験がある学者のうちの1人で、加藤秀俊(下写真)がいます。
この人はもう故人になってしまいましたが。

その大学生活の中ですぐさま購買会で入手して読んだもののうちの1冊で『比較文化への視角』というのがあります。
その内の1つの章で『無目標社会』というのがありました。
そこに書いてあるのは、日本および先進国は、無目標社会になった、ということです。
国家が、国民全部を1つの方向に向かわせるような大目的な設定はなくなり、個人がバラバラに動いている社会になった、ということです。
国家が1つの方向へ向かっている時代には根性論が流行るけれども、その社会が終焉したらそういうものが流行らなくなる、ということです。
ゆえに、戦前の人からすれば戦後に生まれ育った若者は弛んでるだの、根性がないといったような意見を聞くのも、その社会変化が理由でしょう。

しかし、それでも無目標社会のレジャー志向の若者の増加はいきなり増加するのではなく、漸次的に多くなっていくのでした。
戦後直後においては、逆境に負けない根性のあるキャラクターを主人公にした漫画が流行るも、その後はそういうキャラの漫画はそれほど流行なくなっているのは確かです。
無目標社会の到来は、多くの人がその大衆的な変化に気が付かずに生活していったのでしょう。
しかし、何気なく普通に暮らしていっている大衆を横目に、加藤は気が付いたのでしょう。
その到来によって、本山参り、文学といったものが、いずれも自己目的化していったという変化を感じたのだろうと思います。
それは本山参り、文学はそれぞれ、戦前は何のために人々は接していたのか?
それは、天下国家のためということでした。
しかし、戦後は、個人の目的のためというように変化していたのです。
そのことに察知した加藤秀俊は、本山参り、文学をそれぞれ個別に探求していったのです。
こういった変化は大抵の人は憤りを感じる者です。
「最近の若者はけしからん!」といったように(笑)

しかし、そういった変化を必然とみなしつつ、受け入れて、どのような社会を編じていくかを論じるのが学者の役目である、ということが他のいろんな科学や学問を論じる人間の役目なのです。
本山参り、文学は戦前の論理だけ論じるのではなく、戦後の論理で踏まえながら、その内情を分析したうえで論じる必要があるということですね。
その慧眼ぶりには驚きました。
変化を必然としながら、その内情を分析して論じる…今のどの分野の学者や学生にも必要なスタンスであると思いました。
●そんな加藤秀俊に興味がある人は以下の電子書籍、ペーパーバックをお勧めします!
(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
この人はもう故人になってしまいましたが。
その大学生活の中ですぐさま購買会で入手して読んだもののうちの1冊で『比較文化への視角』というのがあります。
その内の1つの章で『無目標社会』というのがありました。
そこに書いてあるのは、日本および先進国は、無目標社会になった、ということです。
国家が、国民全部を1つの方向に向かわせるような大目的な設定はなくなり、個人がバラバラに動いている社会になった、ということです。
国家が1つの方向へ向かっている時代には根性論が流行るけれども、その社会が終焉したらそういうものが流行らなくなる、ということです。
ゆえに、戦前の人からすれば戦後に生まれ育った若者は弛んでるだの、根性がないといったような意見を聞くのも、その社会変化が理由でしょう。
しかし、それでも無目標社会のレジャー志向の若者の増加はいきなり増加するのではなく、漸次的に多くなっていくのでした。
戦後直後においては、逆境に負けない根性のあるキャラクターを主人公にした漫画が流行るも、その後はそういうキャラの漫画はそれほど流行なくなっているのは確かです。
無目標社会の到来は、多くの人がその大衆的な変化に気が付かずに生活していったのでしょう。
しかし、何気なく普通に暮らしていっている大衆を横目に、加藤は気が付いたのでしょう。
その到来によって、本山参り、文学といったものが、いずれも自己目的化していったという変化を感じたのだろうと思います。
それは本山参り、文学はそれぞれ、戦前は何のために人々は接していたのか?
それは、天下国家のためということでした。
しかし、戦後は、個人の目的のためというように変化していたのです。
そのことに察知した加藤秀俊は、本山参り、文学をそれぞれ個別に探求していったのです。
こういった変化は大抵の人は憤りを感じる者です。
「最近の若者はけしからん!」といったように(笑)
しかし、そういった変化を必然とみなしつつ、受け入れて、どのような社会を編じていくかを論じるのが学者の役目である、ということが他のいろんな科学や学問を論じる人間の役目なのです。
本山参り、文学は戦前の論理だけ論じるのではなく、戦後の論理で踏まえながら、その内情を分析したうえで論じる必要があるということですね。
その慧眼ぶりには驚きました。
変化を必然としながら、その内情を分析して論じる…今のどの分野の学者や学生にも必要なスタンスであると思いました。
●そんな加藤秀俊に興味がある人は以下の電子書籍、ペーパーバックをお勧めします!
(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
コメントを書く... Comments