汗牛充棟.ブログ

人類が創造した本という素晴らしきもののうち、私が接したのは、その内の限りなく少ないものですが、その片鱗でも素晴らしさを伝えたいと思っております。どうぞお付き合い下さいませ。
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人類が創造した本という素晴らしきもののうち、私が接したのは、その内の限りなく少ないものですが、その片鱗でも素晴らしさを伝えたいと思っております。

どうぞお付き合い下さいませ。

親鸞の平等思想や、信者の三方思想(売り手よし、買い手よし、世間よし)の根源はどこから? (親鸞とユダヤ.キリスト)




こんにちは。

鎌倉時代を生きた親鸞は、新しい思想を展開し、その内容が瞠目すべき内容だったということで、私は注目しているのです。

当時の階級社会において、このような平等主義、無教団主義を唱えたことは当時の仏教界においては一大転機だったのです。

『雑種文化』で有名な日本思想研究者であった加藤周一は「親鸞は日本思想史に未曽有の徹底した超越思想の平等感を樹立し…」として、親鸞を讃えているのです。

こういう一大転機となる思想の転換は、どのようにしてなるのかということを思索しますと、いきなり無から有を生み出すことは考えにくいのです。

やはり他分野からヒントを借りて、それで脳内で考え、発酵させていくことで、従来の考えが変わるわけです。

やはり開祖になりうる人の共通点は、いろんな書物を読んで読みまくっているということが挙げれます。

そのことで、脳内が柔らかくなり、妥当な道筋を開くことができるのです。

親鸞(下写真)も同様でした。


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しかし、阿弥陀仏の前ではみな平等…何かに触発されているのは明白ではありませんか?

そうキリスト教です。

「神の前ではみな平等」ということをしきりに言っています。

この時代に日本にキリストは伝わっていない…その通りでしょう、と言いたいところですが実際は違います(笑)。

確かに日本史の教科書では、15世紀のスペインのフランシスコ.ザビエルが日本に初めてキリスト教を伝えた、と書かれていますが、実際は6世紀にはすでに入ってきていたのです。

それが全国に広まっていたのです。

それが、当時、特権階級の1つだった僧侶という身分だった親鸞も読み、それに感化されて、そういう平等思想を樹立したのです。

その本尊となる人智を超えた存在への回向、信仰、帰依…こういった敬虔な精神的な態度は人間にとって不可欠でしょう。

そういう心を持つことで心が明鏡止水の境地になり、謙虚さがにじみ出て、明日への未来を馳せる思いになる。

これほど心地よいことはないでしょう。


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浄土真宗の住職を務めたこともある大峯顕氏は、その著書の中で以下の様に書いています。

「罪悪深重の自覚から出る欲は、不純粋でしかない。その愚かな衆生を救いたいという欲は、無条件に一切を摂して助けようとするその無限の慈悲の働きを現在に感じる救いを信じるのです。

しかし、自力は自らの努力や修行、善い行いをすれば悟りを得られる極楽浄土へ行けるという教え。

しかし、人間はどれだけ真面目にこつこつ骨努力しても真の意味の真実にたどりつけない。そのことをしって、他力イコール阿弥陀仏に本願力の働きにお縋りつく。

弥陀というのは無限なる光、無限なる智慧、無限なる命など、いろいろないみがある。その無限なるもの=アミターがいつでも守ってくださっている働きを阿弥陀といいます。」

これもまたキリストからの影響が伺えます。

キリスト教のプロテスタントでは、「神にいくら縋っても、死後の運命は握られている。ゆえに、いくら努力してもその道はこちらでは決められない。ゆえに、人生をかけて生業に勤しむべきだ」ということを教授しているのです。

こういう謙虚な精神の姿勢が、人を勤勉にさせるのです。

怠惰では済まされないのです。





しかし、同じ思想でも世代を経れば変形してしまうのです。

それゆえに、元にかえってその宗教思想を見直す必要があるのです。

そこで、その原始の状態を知っても、そのままの状態で布教せよということは控えなくてはならないでしょう。

幾ら偉大なる宗教思想でも、その原始の状態が、現代社会とそりが合っているか、その思想が現代と妥当か、といったことも検証しなければなりません。

元の思想に戻って、それを吟味することなく無理やり現代社会に当てはめて遵守させようとするのは単なる原理主義に堕しかねないのです。

それで妥当と思われる道を探って、その道を敢然と進まなくてはならないのです。

しかし、私が親鸞思想の瞠目すべき内容として勧めたいのは、同胞倫理ですね。

他者とのつながり性を重視しているのです。

周りの人間がいるからこそ、自分は生きていける、そんな当然のことですが、意外と忘れがちなのです。

親鸞は晩年において、私が死んだらその体を川に沈めるように言ったようです。

それは、この年齢まで生きてこれたのは、いろんな生物や人がいたらこそ。

そして、自分が死んだらこの身が今度は生物の食料になる番だからだ、ということです。

ここまで深く考えているとは…と私は驚嘆しました。

その思想を受けて、浄土真宗の信者だった近江商人の隆盛を支えたのはほかならぬ、自利利他思想だったのです。

自分よし、相手よし、世間よしの3つを基本として商行為をおこなっていったがゆえの隆盛だったのです。

また伊藤忠兵衛(下写真)の生家も浄土真宗であったわけですが、その基本理念も上記の三方良しを基本として、商人たちにそのことを書いた冊子を読ませていたようです。






これには驚きでした。

今では、ビジネスをスタートする際には、自分の利益を最大限あげることだけに視線がいきそうですが、それだけでなく三方良しを基本としないでいる場合、やはり途中でうまくいかなくなってしまうようです。

その三方良しの理念が今でも妥当といえるゆえに、やはり時代を超えた古典的な理論といわざるを得ないですね。

そして、自己肯定は、他者とのつながりの中で生まれるのです。

人間は愚かで弱く、煩悩から逃れるのは到底無理だから、もう煩悩尚の中に立ってしまえと全く発想を転換させたのが親鸞です。

ゆえにこれまで仏教界では禁忌とされていた妻帯を放免したのだろうか?という疑問が湧いてきます。

その禁忌は時代が流れれば、その妥当性が疑われるほど変形することを余儀なくされるのは言うまでもありません。

ただし何でも変形せよなどということではないのはお断りします。

考えに考えた結果、変形しなくてはいけないのならば、やはり変えなくてはならないのです。

これまで禁忌とされていたのは妻帯だけでなく肉食もです。

これも親鸞は放免したのです。

魚や肉を殺して食べるのも禁忌だったのですが、時代の流れと共にそれを変えなくてはならない事態にまで来ていたのでしょう。


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そういうことをして、生業をしている人がいるからこそ、自分が生きていける。

それを古代からの禁忌だからという形式的な議論で片づけるのはおかしい、ということでしょう。

そういう意見には賛成です。

やはり、時代の変遷とともに、それまでの規則等は変えなくてはならなくなるのですから。

こういう視点に立てば、人間は誰もが悪人であるというのが親鸞の認識だったのです。

もちろん自身も。

古代の仏教では禁じられていたことを破っていかなくては生活していけない悪人ということです。

その悪人でさえも、阿弥陀仏に縋れば誰もが極楽に往生できる。

これが悪人正機説なのです。

悪人でさえも成仏できる…ならば率先して悪事をおこなってやろうとして、曲解してしまう人が大勢出てきてしまったのも、浄土真宗の哀しい歴史なのです。

決して悪事を勧める仏法ではなかったのがわかりますでしょうか?

親鸞(下写真)曰く、「他人のことではなく、あくまで自分が悪人なのだ、その自覚こそが仏性の顕現。」ということです。






こういう思想は当時の仏教界では間違いなく前衛でした。

親鸞は新しい言葉は使わず師である法然からもらった言葉に新しい意味を吹き込んで、阿弥陀仏の教えを革新的に展開させていったのです。

こういう肉付けという作業も日々おこなってきたのも、これまでの開祖といわれる人たちの共通点だったのです。

日蓮宗や日蓮正宗の開祖であった日蓮も一緒でした。

悪人正機説の根本である人間はだれしも悪人である、という理論ですが、これは何に由来しているのでしょうか?

やはり思いつくのはキリストの聖書です。

そこには、「この世に義人である人は一人もいない」と書かれているのです。

それが親鸞思想に影響したのは言うまでもないです。

親鸞が聖書を読んで…そんなことありえない!と思われるでしょうが、そんなことあるのです(笑)。

その聖書は、『世尊布施論』という名になっていますが、その内容は間違いなく聖書でした。

それは西本願寺(下写真)に保管されているのです。






興味が出た人は、西本願寺(京都府)に行って確かめるのがいいでしょう、この夏休みに…ってもう盆休みは今日で終わりですが(笑)

でも行こうと思えば行けるでしょう。

以上です。

●こういった親鸞思想に興味がわいた人には是非とも読んでほしいのが以下の電子書籍.ペーパーバックになります!(※ペーパーバックとは、注文が入った後に、印刷.製本されて発注者のお家に配達されるシステム本の事です!電子書籍850円、ペーパーバック1738円で提供中です!)


⇒親鸞を貫くユダヤ.キリスト性



今回はこれにて失礼いたします。

ありがとうございました!


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