宗教の会合や新聞で素晴らしいことが言われているから感動することはある。しかし、それだけに依拠すべからず? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
私はこれまで、いろんな科学的な本を読んでそこから学び、それを現実社会で生かすように行動することを勧めてきました。
それゆえに、宗教だけに依拠すること批判してきました。
世のなかをよくする。
一番身近なことでは、やはり人間関係でしょう。
それをよくするために何をすべきか?
元気よく挨拶する。
人を貶すのではなく褒める。
職場の人全員と毎日話しをする。
こういうことをその宗教の新聞や冊子に書いて信者を鼓舞するのは良い事でしょう。
そういうことをよく書いてある創価学会の聖教新聞は賞賛したいのです。

しかし、そういういいことが書いていたからといって、それだけに依拠するのは間違いだといっているのです。
自分の人生を好循環させたいのであれば、多くの人にこの仏法を弘め、信者を獲得すべし、ということを書いているのです。
この仏法とは、この団体が依拠する日蓮の仏法です。
この団体は日蓮正宗の信徒団体でしたが、92年にその正宗から破門処分にされているのです。
その日蓮が、「この仏法を多くの人に広めることによって好循環が起きる」ということを書いているのです。
何故、そういうことを言ったのかといえば、鎌倉時代にはほとんど紙というものがなくて、教えは人から人へは口伝えしかできなかったのです。
しかし、その仏法は、人生哲学的なものも含まれていてその内容を人に伝えて、伝わった人が実践すれば、その人の人生はよくなるし、社会もよくなる。
そういう確信の元、そういうことを言ったのだろうと思います。
しかし、現代では当時とは社会の様相が違います。
紙などは腐るほどあるし、それによって本なども無数にあります。
それによって宗教の事も、対人関係の事も、人生哲学についても主体的に学び、行動することができるようになったのです。
私は以前、創価学会に入っていた時がありましたが、その新聞や講演の内容を聞くにいつも思ったのは「こういう内容ならば、わざわざ新聞を読まなくても、講演を聞かなくても、いろんな本を読んでいけば学べるたちのものじゃないか?」ということですね。
ゆえに、新聞も購読を停止し、講演にもいかなくなりました。
しかし、その宗教で言っている事には巷では知れない重要なものも含んでいることは確かです。
日蓮の興した団体は別名で法華宗とも呼ばれるもので、中国から伝わった法華経を経典としつつ、これに依拠すべしとしているのです。
この法華経こそが、仏教の始祖.釈迦の言ったことのすべてであり本物であるということです。
その法華経に依拠します、という意味で「南無妙法蓮華経」と唱えるのです。
南無は依拠します、帰依します、という意味です。
その創価学会は、日蓮(下写真)という法華経を奉じていた僧侶の教えを伝える団体ですが、「法華経では真の声聞にならなければならない」というのです。

真の声聞とは、自己の能力を他者のためにつくす、ということです。
そして、その目指すべき境界が菩薩界で、自分自身も他者もどちらも幸福になるべく努めるようになるということです。
つまり、自らが向上心をもち、仏の悟りをもとめ続けとともに、人々にも仏の教えを伝え、救っていこうという人を菩薩というのだそうです。
内なる慈悲の心に従い、人々の幸せを願いつつ、自身も向上心を忘れなければ、私たちは誰にも菩薩界を表すことができるというのです。
非常に心晴れやかになる言葉ですね。
こういった事柄は、非常に学ぶものがあります。
しかし、私は天邪鬼なのでしょうか(笑)…これと似たようなことを、幸福の科学の故.大川隆法氏も語っていたことなのです。
「社会のために良きことをする人間が死後、天国に行くことが出来る」
ということです。
そして、浄土真宗の親鸞(下写真)も同様にです。

親鸞曰く「如来の力に対する信になお自力が混じっている間は往相回向しかないが、絶対他力の信に対しては往相回向と還相回向の両方が同時にある。
還相とは、極楽浄土に生まれ変わってから瞑想修行をして悟りを開き、そのうえで、今度はこの世に戻って衆生に功徳を回向して衆生を救済することである。」
世のために良きことをせよということです、この場合は人にこの仏法を伝えよということです。
これは宗教とは自身の宗教の正当性だけを主張し、他の宗教を排斥することを日々の日課にしている、というイメージがある人がいるかもしれませんが、そうではないことはあきらかかでしょう?
非常に学ぶべきものがあるのです。
人の人生や社会をよくする…こういうことが書かれている箇所を読んで、その宗教にぞっこんになってしまう人は、失礼ながらメタ認知、またはマクロ的な視点が足りないのです。
その宗教だけではなく、他にも同様のことを言っている宗教団体はないのか?
そういう好奇心で探していけば、他にもいろいろあるということがわかるのは、このページでも証明済みですね?
ゆえに、1つの宗教団体だけには依拠しない。
その宗教で学ぶことがあっても、他の分野についても主体的に学んでいく…ゆえに1つの宗教団体だけに属してぞっこんにはならない、としているのです。
売り手よし、買い手よし、世間良しの三方良しが社是になっているのが伊藤忠であり松下電気であり、高須クリニックなのです。
こういった大企業の社長がどれも浄土真宗の信徒だったと聞いて私は驚きました。
やはり幼いころから良質の哲学を脳内に取り入れることの重要さは大事ですね?
しかし、それは本で学べるので、良いと思ったら宗教が教えてくれるのを待つのではなく、自身で学び、自身の会社や周りの人間にもその教えを広めることは誰にでも学べます。
ゆえに1つの宗教には依拠しないのです(笑)
しつこいですね(笑)
でも自分のモラルを変える気にはならないのです。
しかし、先に紹介した親鸞の言葉である「極楽浄土に生まれ変わってから瞑想修行をして悟りを開き、そのうえで、今度はこの世に戻って衆生に功徳を回向して衆生を救済することである。」ですが、これはまるでキリスト教?と思われるに充分です。
親鸞がキリスト教を取り入れた?

そんなのありえない、と思われがちですが、そんなことあるのです(笑)
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今回はこれにて失礼いたします。
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