景教(キリスト教ネストリウス派)がグッドなタイミングで日本に来ていたがゆえに、親鸞がそれを学んで悪人正機説を創設した? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
7世紀に、ユダヤ人とくに秦氏が日本にやってきて全国に神社を建てました。
これは日本古来の神社ではなく、秦氏の信仰していたキリスト教ネストリウス派の教会が日本の風土になじむように変化したものであることのようです。
それが日本に宗教のみならず、あらゆる文化や習俗をも持ち込み、それが日本のそれらの基礎になっていることも明らかです。
やはり未開あるいは半未開の状態において布教することは爆発的な広がりを持つうえでは大事なことです。
その好機が実って、景教の教えを学んだ親鸞(下写真)が、それを自身の教えに盛り込んだのです。

その最たるものが人間の罪的な存在論です。
それが悪人正機説につながったのです。
生まれてから悪事を犯さなかった人はいない…etc
人間は古来の仏教では禁忌とされていたものを時代の変遷で破らなくてはいけない存在。
こういった面を考慮するとやはり人間誰もが悪人である、という認識は間違いではなかったのです。
こういう認識は古代の仏教ではありえなかったです。
それがかなったのは、ひとえに親鸞が景教に学んだことが由来しているのです。

また半未開とは、ほとんどの国民が文字を読めないで口承で事を伝えていたということでもあります。
こういう状態においても、宗教や超越的な思想は広がりが早いし、広がりやすいのです。
社会主義思想の歴史を見てみればいいでしょう。
この主義が最初に樹立された国はロシアです。
そしてその近隣の東ヨーロッパ諸国、そして中国や南米、アフリカといった国々で、これらの国々では文盲が多かったがゆえに、もっともらしく多くの人々に認識されて広がりが早かったのです。
逆に、先進国では、国民の大部分に教育がなされていたがゆえに、また吟味する機関が存在していたがゆえに、もっともらしい理論には反論する余地があり、社会主義の樹立は不可能だったのです。
ただ、その社会主義の理念には共感する部分があったのは確かです。
秦氏(下写真)が日本に来て全国に教会(=神社)を建てたのはタイミングが良かったのです。

その教えを親鸞が学ぶ機会があったがゆえに、悪人正機説を唱える契機にもなったのです。
それを考えると景教の貢献は大きいのがわかります。
そして、中国浄土教を親鸞が学んだことで、自利利他精神をも広めて、のちの日本経済に大きく貢献することにもなったことは疑いもない事実です。
こういう経緯を俯瞰すると、まず1つの宗教思想を学んで、それから書物を濫読して多読して、いろんな観念を取り入れて思想を気宇ふくよかなものになり、自身の宗教を開祖するのです。
文化は、ひとたびその国や地域に取り込まれると、その国の文化や風土に合うように、そして調和されるようにアレンジされてしまうので、開祖の本来の思想が、異文化から由来しているということが見えなくなってしまうのです。
しかるに親鸞がキリスト教から自身の思想のヒントを得たとはなかなか信じれないのはよくわかります。
しかし、それは事実なのです。
ただし、親鸞にとっては、自身の宗教を創始するするつもりはなかったのですが、その後、あまりに大きな団体になったがゆえに、一宗教団体としての登録をしなくてはならないことになり、明治時代に、そういう名称(=浄土真宗)にしたようです。
やはり、行き先を考えずに行動を一途に布教をしていると、いろんな人が寄り集まっていつしか大きな団体になっている、ということが往々にしてあるようです。
キリスト教にしても、ユダヤ教徒だったイエスが、ユダヤ教の布教を一心不乱にこなしていった結果、キリスト教という新たな宗派ができた、というのが真相のようです。
こういった史実を観ると、自分の力を最大限に引き出して願いをかなえるという自力ではなく、周りの人間に依拠しつつ、感謝しつつ、合同で一心不乱に行動していった結果、良き結果が逢着したことについて神仏に感謝するという他力の考え方の方が説得力がある気がします。
ただし、こんにちのように、競争に勝つというような側面が、親鸞が生きた鎌倉時代には希薄だったようです。
ゆえに親鸞に先見の明があった、というような行き過ぎた過大評価はしないでおきます。
しかし、自身や他の人類の歴史を勉強しながら、自力本願にするか他力本願にするかは自身で決めるのがいいでしょう。
自力本願の仏教で有名なのは日蓮正宗、日蓮宗でしょう。
それと比較して、浄土真宗はどのように自身に映るか?
魅力的に映るか、非魅力的に映るかは人によって違ってくるでしょう。
やはり宗教に誰にでも当てはまる王道などないのです。
自身で吟味して決めるのが王道でしょう。
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今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!
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