奇跡はこの宗教に入って縋れば必ず起きる?そんなことは絶対にありえません! (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
宗教に関する研究をしていると、どうも奇跡じみた話しを聞くことがままあります。
祈っていたら難病が治った。
祈っていた結果、絶対に死んでいる事故だったにも関わらず奇跡の生還を遂げた。
祈っていたら営業成績でトップになった。
…こういった例ですね。
以下、参照してほしい文があります。
『日本霊異記』からの抜粋です。
その本の(下,21)になります。
「長義は右京の薬師寺の僧だった。
宝亀3年のある時、長義は全く目が見えなくなってしまい、そのまま5か月ほどが経った。
日夜恥じ哀しんで、多くの僧を招き入れて3日3晩金剛般若経を読誦した。
すると、目がはっきりと見えて元通りに回復した。」
やはり神や仏といった存在はあるので、こういうことはあり得るのでしょう。
私は、特定の宗教には所属していないし、特定の神仏は信じていないので無宗教ですが、無神論者ではないので、こういった奇跡はあり得ると信じています。
しかし、誰にでもそういう奇跡が起きるのでしょうか?
そうではない気がします。

またパワースポットといわれる、「この神社にお参りしたらお金持ちになれます」と謳った神社に行けば、必ず金持ちになれるのでしょうか?
そうではない気がします。
ではどうすれば、必ず神仏の加護を得ることができるのでしょうか?
浄土真宗の親鸞は、広く布教していきました。
師である法然の思想を世間に広めたいという純真な気持ちで弘めていっただけです。
当時は、戦さや、気候不順によって多くの人が死んでいく時代でした。
そんな世の中において、「純真に阿弥陀仏に縋っていけば、死後だれしも極楽浄土に往生できる」という思想を弘めていったのです。

そういう思想が、多くの人にとって大事であると認識されたからこそ支持を受けて、それが真宗王国といわれるほどの規模に発展したのでした。「それがこうも絶好のタイミングで広まったか!」というタイミングで親鸞によって説かれたことで、衆生からの信頼を受けて一気に広まったのは、神仏の加護を親鸞が受けていた。
神仏が親鸞にカリスマ性を付与した、ということであると私は解しているのです。
しかし、カリスマ的な人物には誰にでもなろうとしてなれるわけではない。
一気に努力を惜しみなく続けることで、名誉も、金も、地位もいらないと一心不乱に打ち込み成果を出した人間にそういう力が神仏から賦与されるのでしょう。
その努力はどれだけすればいいかは計測できるものではないです。
否、計測できる程度ではおぼつかないでしょう。
その結果、人並みならぬ能力を備え付けた人物にまで成り上がったタイミングに付与されるようです。

先の難病が治った、盲目だった人が目が見えるようになったといった奇跡の話しですが、誰でも、神仏に縋ればそういう奇跡が起きるのでしょうか?
そんなことはないと思います。
やはり、日ごろから世のため人のために行動していた人が、神仏の判断で、「この人にもっと生きさせねば、この人が目が見えるようになって生きてもらわねば」という判断を下して、奇跡が起きたのです。
その人の半生をつまびらかにしていくとそういうことが判明しているのです。
誰もかれもが神仏に縋ることで奇跡が起きるのであれば、そんな簡単なことはないですし、そんなことはあり得ないのです。
その奇跡を取り上げて、「この宗教に入って祈れば奇跡が起こりますよ」といって布教したり、その宗教のグッズやお守りを売ったりしてお金を稼ごうとしたりする。
しかし、そういった奇跡は神仏の判断で起こるのであって、単に縋るだけで起こるものではないのであるから、「この宗教に入って祈っても奇跡は起きない」といって非難の的になるのです。
やはり、世のため人のために一心に行動している人にこそ神仏は奇跡を起こしてくれるのでしょう。
そのことを心に留めておくべきでしょう。
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今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

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