学問事項へのアクセスは終生必要?その内容は? (加藤秀俊)
こんにちは。
学問についての事柄へは、終生追いかけなくてはならない性質のものです。
なぜなら、法律にしろ規則にしろ、常に変化するものですから、それにアクセスしないことには、必須のものが得られないからです。
いま、いろんな詐欺が横行しています。
疑似恋愛で相手に気持ちのいい気分にならせて、銀行口座に大金を振り込ませる。
その履歴があれば、その人から返してもらうことが出来る、と考えるのはかなり早計です。
振り込んだとたん、海外の銀行口座に送られる仕組みを作っていることがほとんど全部で、振り込んだら最後なのです。
戻ってくることはありません。
また、個人情報保護法というものがあり、個人情報を暴くことは法律上できなくなってしまっているのです。
マッチングアプリで知り合った異性に、架空の苦労話を話しを振り、それによっていくら必要という話をして大金を振り込ませて、そのまま逃げる手口なども往々にしてあるのです。
これも大金を振り込んだら最後、もう戻ってくることはないのです。
昔の法律感覚のままでいることによって、大きな損をすることになるからかなりの注意が必要です。
ゆえに、いつも学問的な情報へのアクセスは必須なのです。
こういう勉強をしておく教訓として、「おいしい話しに乗るな!乗ったら最悪の事態に!」ということ強調しておきたいです。
そういう重要性について話しを巷でも話されているにも関わらず、大学生はあまり勉強に興味がないようです。
私が敬愛していた故.加藤秀俊氏は、そのいくつかの本の中で「大学生のうち、真剣に勉強しているのは全体の2割くらい。ほとんどの学生は麻雀に勤しんでいる」ということを嘆いていました。
麻雀とは古めかしい娯楽ですが、昨今の大学生でも、そんなに勉学に勤しんでいないという事情は一緒でしょう。
その理由は、ウィリアム.ジェイムズ(下写真)の唱えた理論にある気がします。
ウィリアムによれば、世の中は、物事を固定的に考える人、物事を並列的に考える人の2タイプがあり、前者の方が多数派である、ということです。
前者のタイプは、物事は普遍的な原理によって成り立っているのであって、神や仏のお計らいで事態が生じるゆえに、市井の細事についてわざわざあげつらう必要はないという世界観で生きているということです。
後者の人は、世界はいろんなものが並列的に起こっているのであって、その詳細いついて調べていくことによって世界を理解していくことがでできるとしているのです。
後者の人であれば、勉強に勤しみますよね?
大学のような次に繋がる受験もないような状態であっても?
そういう人こそが、学業でも成功するのでしょう。
前者のタイプで学業で成功したパターンは、私は知りません。
その学業を修めるにしても、卓越した独自の理論など必要ないでしょう。
教授や著作家といわれる人たちは、自身で論文を書くときに、自分の考えなり、主張、自身で抽出した理論を書くのが通常ですが、その際にも、卓越した独自の理論など必要ないのではないか、と思います。
非常に独創性が強く、後世にまで語られる理論など誰にでも期待するのは誤りでしょう。
これは独自理論の理論ということになりますが、もし自分が特許を申請することで、大金を得たいという野望があるのであれば、そこは特許申請について学ぶ必要があるでしょう。
特許は申請主義です。
同じ特許内容が先に出されて申請されてしまえば、私が考えたのだと主張しても却下されてしまうから注意が必要です。
それでも特許などいらない、学業に勤しんでいるだけでいいというのであればそれはそれでいいでしょう。
自分が考えたことと全く同じアイディアがあったとして、申請が先に行われてしまったがために、自分には特許の印税が入らなくなってしまった。
その時、どうするか?
手柄など人にあげてしまえ!とするのがいいでしょう。
その気持ちはどういうときに思うようになるか?
大好きなことをしているときになりますね?
ゆえに、生業はその時代の花形産業だから、もうかりそうだからといって選ぶべきではないでしょう。
学業も一緒です。
その研究をすることで昼夜問わず時間がすぐに過ぎてしまう、というのであれば、その人は学業−大学教授、著作家に向いているでしょう。
●こんな話しに共感できる人には以下の電子書籍.ぺーパーバックはお勧めです!(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
リンク1
リンク2
コメントを書く... Comments