著作物には主張や考えは必須?そういう創造性は、サラリーマンになる人にも必須か? (加藤秀俊)
こんにちは。
私は本を読む方ですが、それでも本ならば何でもかんでもいいわけではなく、自分の主張なり、考えが述べられている本でなくては、読む気がしません。
他の本からの引用ばかりの本や、知識だけを祖述しているだけの本は読む気がしないです。
「でも知識を得るために読書ってするんじゃないの?」と問われればその通りですが、それだけでなく、その著者の主張なり考えが盛りこまれているものでなくては、心労になってしまいます。
学問は単なる知識だけを得るのみならず、社会に必須の考えや主張を知るための手段でもあるはずなので、そういうものがない本は読む気にならないのです。
学者の書いた本で、自分の主張と一緒のものであれば、共感します。
しかし、自分の主張と違うものがあれば、それは吟味しながら、ある部分では取り入れ、ある部分では取り入れない、という工夫が必要でしょう。
そこに思考という作業が出てくるのです。
そういう作業が伴うことこそが、読書の愉しみではないでしょうか?
その学問の本ですが、独自の主張があって、それが自分を恍惚とさせる代物であれば、それはそれは、その著者の本の虜になるでしょう。
しかし、独自の主張が必要といいましたが、そんな卓越した独自性を誰にでも求めるのは筋違いでしょう。
そんなことは私自身出来ないわけですし(笑)、自分が出来ないことを人に求めるのは野暮というものでしょう。
しかし、学問の本の著者ならば、自身の考えや主張は書くべきでしょう。
そういうスタンスでいる人であれば、それほど独自性がなくても私は、その著者の本は出るたびに買いたいと思います。
かといって、あまりにありきたりであっては、買うのは難しいです。
あまりにありきたり、というのは、「犬が東を向いたら尻尾は西を向く」などというしょうもないことを書いている人のはだめですね(笑)。
必ず主張は書く。
大学教授や著作家に求めるのはそういう人間像です。
しかし、大学教授は、毎月研究費として普通は10万円もの大金を大学からもらっているはずですが、研究らしい研究をしないのみか、祖述や引用ばかりの本や論文しか書かない教授も多くいるのが現状のようです。
「思考が苦手な人は本を読むことで逃げる」と書いたのは、ショーペンハウアー(下写真)ですが、そういう思考を抜きにした本や論文しか書かない人は素質がないと私は思います。
考えや主張に卓越した独自性はいらないが書くのは必須。
しかし、考察しなければならないのは、学問からは卒業後遠ざかる一般人はそれほど、独自性の強い思想などいらないんでしょうか?
やはり盲目になって仕事に打ち込むだけでいいというのでしょうか普通の一般人は?
いな自己主張は不要なのでしょうかサラリーマンは?
それはケースバイケースということです。
自分が属している組織が、前例を踏襲するだけ、しかもその前例がよくない方向へ行っているのであれば、すぐさま軌道修正をしていかなくてはならないでしょうし、あまりに良き方向へ行っていると認識できている組織にいるならば軌道修正をする必要はないでしょう。
しかし、いずれの場合でも、何かしら問題点は存在しているわけで、何も考えなくていいわけではないでしょう。
しかし、そんな中でもどうしてもその組織に不満をもち、それを捨てきれないでいる人は必ずどの組織にでもいるのです。
それは飲食店に例えればいいでしょう。
外見では、それなりにいい店のような気がしますが、その店に務める店員で、どうしてもその店の雰囲気なり、値段なり、メニューなりに不満を持って、どうしてもそれらの満足できない。
それが長年つもりに積もって、自身の店を開きたいという欲望に駆られてしまったというのであれば、自身で開業するのがいでしょう。
しかし、不満を持つ店とはいえ、何から何まで見習う箇所がないかといえばそんなことはなく、何かしら学ぶことはあるわけで、そのことを踏襲しなければならないのは言うまでもないことです。
やはり人間だれしも保守的なものです。
やはりいきなり一変させるものではなく漸次的に物事を変えていくのがいいということです。
そして、その他、開業や経営について勉強しなければならないことは続々と出てくるでしょう。
それらは主体的に学んでいかなくてはならないでしょう。
参考にしてくださいませ。
●このような意見に賛同してもらえる方であれば、以下の電子書籍.ペーパーバックはお勧めです!(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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