教条主義にみる故.浅井昭衛氏のカリスマ性。
宗教というのは思想です。
社会主義国の樹立は、識字率の低い国でこそ可能だったのです。
本の数が少ない、教育の行き届きが万全でない国であれば、そうそう反論は起きなかった。
本を読んだり、教育を施すと、やはり人間は脳を動かして考えてしまう。
そして反論が出やすくなる。
社会主義は一見すると妥当な思想の観を呈していますが、奥深く考察するといろいろと反論の余地が出てくる。
ゆえに多くの反対論が出てきて、それを施行することが難しくなる。
政治機構が整っている国であればなおさらです。
しかし、識字率が低く、教育の行き届きが万全でない国での国民であればそれほど反対論は出なくなる。
社会主義国の代表例の1つはロシアです。
ここでは当時の人間の9割が文盲だった。
それが社会主義国の樹立が可能だった大きな原因の1つだったのです。
しかも、ロシアではスターリン(下写真)が不満分子を虐殺し、焚書坑儒をおこなったのです。
これによって社会主義国家体制が可能になったのです。
ただし、その可能だった年数も数十年だけでした。
初めのころはアメリカと肩を並べるくらいの経済力をたっせいしましたが、その後、より良いものをより安く、という科学技術を施さずにいたがために、経済はどんどん後退していったのです。
それのみか、ソ連ロシア周辺の国が社会主義を採択せずに豊かな経済成長を達成しているという情報が、否応なく入ってきました。
それを国民の多くが耳にし、目で読むようになった。
すると、社会主義は虚構の体制であったことが認識されたのです。
そして、ソ連はのちになって解体し、ソ連を構成していた国々がほぼ資本主義を採択をすることになり現在に至るのです。
そこで思い起こすのは、顕正会の会長だった故.浅井昭衛氏(下写真)のことです。
日蓮は生前に、「広宣流布がなされた時に、天皇の許可を得て、富士山天生が原に戒壇を建てよ」としました。
広宣流布とは、非常にあいまいな単語で、具体的に国民の何割が信者になった時という明確な内容はいまだに不明なのです。
その単語を、故.浅井昭衛氏は、全国民が1人残らず日蓮の仏法に帰依したときと解釈したようです。
それがかなったら戒壇を建てようと解したようです。
そのことを考えれば、全国民を日蓮の仏法に帰依させようとすれば、かなりの多難が待っていることは間違いないです。
例えば、キリスト教に敬虔な信者がいたとしましょう。
その人にそのキリストの教えをやめさせて、日蓮仏法に帰依させようとするならば、その人の家にあるキリスト教関連の本、および他のあらゆる本を取り上げて廃棄させなくてはならない。
読めるのは日蓮関連の本や新聞だけにする。
しかも、ネットも一切見させないように回線をストップさせる。
そして、それから先、日蓮関連の本以外は触れさせないでいる。
他の本も買わせない、ネットも一切見させないでいる。
そうなれば可能性はあがっていくでしょう。
そのための監視が必要になるのは明白。
そんな状態をずっとしていくとなれば、そのキリスト信者を四六時中、監視していかなくてはならない。
そのためには、そのキリスト信者1人につき1人の監視員がいなくてはならない。
そんなことが可能だろうか?
不可能に決まっているでしょう。
そんな不可能なことを、可能と思って譲らないのだから故.浅井氏は脳の柔軟性が足りなかったと言わざるを得なかったです。
そんなこと不可なのでしょうかと、知り合いの顕正会の会員に話したら、「不可能と思わずに永続して目指し続けることが大事なんです」ということであった。
私が小学生だったら、可能と思って頑張るでしょうが、それは無理と悟るには中学生までで十分でしょう。
それを悟ったら、そんなこと無理としたうえで、心に遊びを持たせて、日々の生活に邁進するでしょう。
顕正会の新聞を読んだり、会合の動画を見たりする機会がありますが、そのいずれでも顕正会では「信者獲得300万世帯を達成」という文字が出てきます。
その数を達成したのはすごいことでしょう。
しかし、「300万世帯はいいけれど、全国民まではまだまだまだまだ先でしょうし、いつ達成するのですか?」と思うのは私だけでしょうか?(笑)
皮肉やからかいではなく、心底そう思います。
誤った思いを、おなじように持たせ続けるのだから、浅井氏は結構カリスマ性を持っていたということは認めなくてはならないでしょう。
しかし、私は模倣しないです、顕正会員だったとしても(笑)
不可能は不可能と割り切らないことには、展望が見えてきませんからね。
その浅井昭衛氏がなくなって、息子の城衛氏(下写真)がいまは会長を務めています。
その父のスタンスを踏襲するのかどうかは、城衛氏にかかっていることは間違いないです。
踏襲する部分はあれど、改良を加えていくのは人間社会の常道なのですし、そうなったことで、どのように顕正会が変容していくのかが興味深いところではあります。
どのようになるかをこれから見守っていきたいと思います。
以上です。
●上記の私の見解に賛同できる人は、以下、私の本(電子書籍)を読んでくださいませ!
『日蓮正宗、創価学会、顕正会 どのように選び接していくか』
→楽天Kobo
→Amazon Kindle
今回はこれにて終了します。
ありがとうございました!
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社会主義国の樹立は、識字率の低い国でこそ可能だったのです。
本の数が少ない、教育の行き届きが万全でない国であれば、そうそう反論は起きなかった。
本を読んだり、教育を施すと、やはり人間は脳を動かして考えてしまう。
そして反論が出やすくなる。
社会主義は一見すると妥当な思想の観を呈していますが、奥深く考察するといろいろと反論の余地が出てくる。
ゆえに多くの反対論が出てきて、それを施行することが難しくなる。
政治機構が整っている国であればなおさらです。
しかし、識字率が低く、教育の行き届きが万全でない国での国民であればそれほど反対論は出なくなる。
社会主義国の代表例の1つはロシアです。
ここでは当時の人間の9割が文盲だった。
それが社会主義国の樹立が可能だった大きな原因の1つだったのです。
しかも、ロシアではスターリン(下写真)が不満分子を虐殺し、焚書坑儒をおこなったのです。
これによって社会主義国家体制が可能になったのです。
ただし、その可能だった年数も数十年だけでした。
初めのころはアメリカと肩を並べるくらいの経済力をたっせいしましたが、その後、より良いものをより安く、という科学技術を施さずにいたがために、経済はどんどん後退していったのです。
それのみか、ソ連ロシア周辺の国が社会主義を採択せずに豊かな経済成長を達成しているという情報が、否応なく入ってきました。
それを国民の多くが耳にし、目で読むようになった。
すると、社会主義は虚構の体制であったことが認識されたのです。
そして、ソ連はのちになって解体し、ソ連を構成していた国々がほぼ資本主義を採択をすることになり現在に至るのです。
そこで思い起こすのは、顕正会の会長だった故.浅井昭衛氏(下写真)のことです。
日蓮は生前に、「広宣流布がなされた時に、天皇の許可を得て、富士山天生が原に戒壇を建てよ」としました。
広宣流布とは、非常にあいまいな単語で、具体的に国民の何割が信者になった時という明確な内容はいまだに不明なのです。
その単語を、故.浅井昭衛氏は、全国民が1人残らず日蓮の仏法に帰依したときと解釈したようです。
それがかなったら戒壇を建てようと解したようです。
そのことを考えれば、全国民を日蓮の仏法に帰依させようとすれば、かなりの多難が待っていることは間違いないです。
例えば、キリスト教に敬虔な信者がいたとしましょう。
その人にそのキリストの教えをやめさせて、日蓮仏法に帰依させようとするならば、その人の家にあるキリスト教関連の本、および他のあらゆる本を取り上げて廃棄させなくてはならない。
読めるのは日蓮関連の本や新聞だけにする。
しかも、ネットも一切見させないように回線をストップさせる。
そして、それから先、日蓮関連の本以外は触れさせないでいる。
他の本も買わせない、ネットも一切見させないでいる。
そうなれば可能性はあがっていくでしょう。
そのための監視が必要になるのは明白。
そんな状態をずっとしていくとなれば、そのキリスト信者を四六時中、監視していかなくてはならない。
そのためには、そのキリスト信者1人につき1人の監視員がいなくてはならない。
そんなことが可能だろうか?
不可能に決まっているでしょう。
そんな不可能なことを、可能と思って譲らないのだから故.浅井氏は脳の柔軟性が足りなかったと言わざるを得なかったです。
そんなこと不可なのでしょうかと、知り合いの顕正会の会員に話したら、「不可能と思わずに永続して目指し続けることが大事なんです」ということであった。
私が小学生だったら、可能と思って頑張るでしょうが、それは無理と悟るには中学生までで十分でしょう。
それを悟ったら、そんなこと無理としたうえで、心に遊びを持たせて、日々の生活に邁進するでしょう。
顕正会の新聞を読んだり、会合の動画を見たりする機会がありますが、そのいずれでも顕正会では「信者獲得300万世帯を達成」という文字が出てきます。
その数を達成したのはすごいことでしょう。
しかし、「300万世帯はいいけれど、全国民まではまだまだまだまだ先でしょうし、いつ達成するのですか?」と思うのは私だけでしょうか?(笑)
皮肉やからかいではなく、心底そう思います。
誤った思いを、おなじように持たせ続けるのだから、浅井氏は結構カリスマ性を持っていたということは認めなくてはならないでしょう。
しかし、私は模倣しないです、顕正会員だったとしても(笑)
不可能は不可能と割り切らないことには、展望が見えてきませんからね。
その浅井昭衛氏がなくなって、息子の城衛氏(下写真)がいまは会長を務めています。
その父のスタンスを踏襲するのかどうかは、城衛氏にかかっていることは間違いないです。
踏襲する部分はあれど、改良を加えていくのは人間社会の常道なのですし、そうなったことで、どのように顕正会が変容していくのかが興味深いところではあります。
どのようになるかをこれから見守っていきたいと思います。
以上です。
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今回はこれにて終了します。
ありがとうございました!
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