大学で学ぶ学問の存立理由は?それがわかればだれでも勉学に勤しむ? (加藤秀俊)
こんにちは。
私が大学時代に思ったのは、「大学での勉強こそ一番力を入れなくてはならない」ということでした。
今もその思いに違いはありません。
それは、大学で学ぶ事柄は、実際社会に出て必要なことだからです。
知識もそうですし、普遍原理といったものも学べるからです。
それらを実際社会に出ていかに生かすか?
いかにこうどうにつなげるか?
そういう行動する人間が多ければ多いほど社会はよくなるからです。
そういう信念で生きてきた故.加藤秀俊氏(下写真)と私は意見が一緒だった気がします。

加藤秀俊氏は、愛媛県の市民会館のようなところで開かれたシンポジウムでの講演を頼まれて、それをおこなった内容が『文化講演会 2』という編著本になっているのです。
そういうものに呼ばれること自体がいかに懸命に著作活動を行ってきたかがわかるというものでしょう。
その実績からして真の学者という気がします。
そこでおこなわれた内容を要約すると以下のようになります。
米沢藩(山形県)は上杉鷹山が絹織物を開発をして大いに栄えた。
そして、米沢繊維高等学校を作った。
富山県の前田侯は、本草学を修め、長崎で留学をした立派な医者を何人もスカウトして越中富山の薬売りになって栄えた。
広島の呉は、船大工が作った船が有名で、遣唐使で空海が使った。
それが近代の造船技術と結びついて瀬戸内海における極めて重要な造船業に発展した。

ここで導かれるのは、経営の才能のあった大名がいたところが栄えた、ということです。
地域社会は、よそ者を入れることで活性化する。
土地の人間だけが集まってやあやあと肩をたたきあっているだけでは、新たな方向性が見えてこないということ。
京大はノーベル賞受賞者が多い。
しかし、東大は少ない。
京大は広く全国から人材を集めた。
こういう原理を導くことが大学教授の役目の1つであることは間違いないでしょう。
そういう原理が見えてくることが出来る教授の数は少ないですが、そんな立派な像を全部の教授に求めるのは酷というものでしょうし、私もできた話しではないです(笑)
しかし、できればそういうハッとするようなものを見つけれるように努めることも重要でしょう。
その原理を見つけたら受け手(学生やシンポジウム参加者)は何をすべきでしょうか?
やはり、そこにある問題点を良き方向へ向かわせるように行動すべきでしょう。
これは、地方経済が疲弊していく中で、新たな産業を興せということも大事ながら、少数のグループでも、いろんな意見を外部からも当然ながら、その内部からも意見を求めることなくしては、その組織は衰退していく、ということでしょう。
何も完璧な人や組織などないですし、謙虚にいろんなことから学んでいくという姿勢が大事であるということです。
その姿勢は、会社はもとよりいろんな組織において当てはまる普遍原理でしょう。
そういう認識を持てて、良きものに変えていく努力は死ぬまで続けていくべき筋合いのものでしょう。
そのために、そういったことが学べる大学に来た学生は学び、実際の生活で行動していくことが大事なのです。

しかし、加藤氏が嘆いていたのは、「大学生全体で真剣に学んでいる人は2割くらい。ほとんど私は学生に期待はしていない。」ということでした。
それを改善する手立てはあるのでしょうか?
そんなことを考えて、大学卒業からこんにちまで来ました。
そういう覚醒が起きることを私は期待しているのです。
●そういうものに興味ある人にお勧めしたいのが、加藤秀俊氏の偉業について200ページ以上でまとめて論じた電子書籍.ペーパーバックになります。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
私が大学時代に思ったのは、「大学での勉強こそ一番力を入れなくてはならない」ということでした。
今もその思いに違いはありません。
それは、大学で学ぶ事柄は、実際社会に出て必要なことだからです。
知識もそうですし、普遍原理といったものも学べるからです。
それらを実際社会に出ていかに生かすか?
いかにこうどうにつなげるか?
そういう行動する人間が多ければ多いほど社会はよくなるからです。
そういう信念で生きてきた故.加藤秀俊氏(下写真)と私は意見が一緒だった気がします。
加藤秀俊氏は、愛媛県の市民会館のようなところで開かれたシンポジウムでの講演を頼まれて、それをおこなった内容が『文化講演会 2』という編著本になっているのです。
そういうものに呼ばれること自体がいかに懸命に著作活動を行ってきたかがわかるというものでしょう。
その実績からして真の学者という気がします。
そこでおこなわれた内容を要約すると以下のようになります。
米沢藩(山形県)は上杉鷹山が絹織物を開発をして大いに栄えた。
そして、米沢繊維高等学校を作った。
富山県の前田侯は、本草学を修め、長崎で留学をした立派な医者を何人もスカウトして越中富山の薬売りになって栄えた。
広島の呉は、船大工が作った船が有名で、遣唐使で空海が使った。
それが近代の造船技術と結びついて瀬戸内海における極めて重要な造船業に発展した。
ここで導かれるのは、経営の才能のあった大名がいたところが栄えた、ということです。
地域社会は、よそ者を入れることで活性化する。
土地の人間だけが集まってやあやあと肩をたたきあっているだけでは、新たな方向性が見えてこないということ。
京大はノーベル賞受賞者が多い。
しかし、東大は少ない。
京大は広く全国から人材を集めた。
こういう原理を導くことが大学教授の役目の1つであることは間違いないでしょう。
そういう原理が見えてくることが出来る教授の数は少ないですが、そんな立派な像を全部の教授に求めるのは酷というものでしょうし、私もできた話しではないです(笑)
しかし、できればそういうハッとするようなものを見つけれるように努めることも重要でしょう。
その原理を見つけたら受け手(学生やシンポジウム参加者)は何をすべきでしょうか?
やはり、そこにある問題点を良き方向へ向かわせるように行動すべきでしょう。
これは、地方経済が疲弊していく中で、新たな産業を興せということも大事ながら、少数のグループでも、いろんな意見を外部からも当然ながら、その内部からも意見を求めることなくしては、その組織は衰退していく、ということでしょう。
何も完璧な人や組織などないですし、謙虚にいろんなことから学んでいくという姿勢が大事であるということです。
その姿勢は、会社はもとよりいろんな組織において当てはまる普遍原理でしょう。
そういう認識を持てて、良きものに変えていく努力は死ぬまで続けていくべき筋合いのものでしょう。
そのために、そういったことが学べる大学に来た学生は学び、実際の生活で行動していくことが大事なのです。
しかし、加藤氏が嘆いていたのは、「大学生全体で真剣に学んでいる人は2割くらい。ほとんど私は学生に期待はしていない。」ということでした。
それを改善する手立てはあるのでしょうか?
そんなことを考えて、大学卒業からこんにちまで来ました。
そういう覚醒が起きることを私は期待しているのです。
●そういうものに興味ある人にお勧めしたいのが、加藤秀俊氏の偉業について200ページ以上でまとめて論じた電子書籍.ペーパーバックになります。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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