なぜ、大学の勉強こそが大事か? (加藤秀俊)
こんにちは。
故.加藤秀俊氏が愛媛県の市民会館でおこなった講演を本にした『文化講演会 2』という本をよむと、大学の勉強がいかに大事かということが痛感させられます。
加藤氏(下写真)は、
「過去を一方で振り返りながら、他方で未来から現在を逆算する方法というモノをそれぞれの地域社会は持つべきだ」ということです。
こうなってほしいという理想像を作り上げたうえで逆に現在というものの自らの使命をそこから計算してほしいです自分の生きる社会においてです。

この講演で言われている加藤氏の理論的な言葉である「経営の才能のあった大名がいたことろが栄えた。」とか、「地域社会は、よそ者を入れることで活性化する。」とか「過去を一方で振り返りながら、他方で未来から現在を逆算する方法というモノをそれぞれの地域社会は持つべきだ」といったことは、試験に出るわけでもないし、そのことを知っていただけで金銭を得れるわけでもないです。
しかし、そういう知識を得ることで、人生の指針を得れるはずです。
そして、行動することで、ひいては自分の周りの社会をも変えれるはずです、しかもいい方向に。
そういう社会にある問題点を拾い上げて、そこで何をするか?
知識を得ているだけでは何もならない。
やはり、良き方向へかじ取りする人材を輩出することを学問は目指しているのです。
それが一番大きいのではないか、と私は大学在学中に思ったのですが、それは今も変わりはないです。
「青年よ大志を抱け」とは、札幌農学校の初代教頭だったウィリアム.クラークの言葉ですが、そういう社会を、ひいては世界を良き方向へ変えることを科学は目指しているし、そういう人が多く輩出することを望んでいるのです。

そういう知識を行動に移して、結果が出る。
その結果得た内容が知恵ということになるのです。
そういう知恵をどんどん脳内に蓄積していってほしいものです。
確かに、そういう知識や知恵を得たところで、入社試験に出るわけでもないし、栄誉が付くわけでもない。
でも、自分が住んでいる社会において、生活しているのであれば、それに問題点が浮上すれば、それを改善していこうと思ってほしいものです。
自分の部屋がきたなかったら、掃除するでしょう。
それと同じ理屈なのです。
大学で講義される学問は、社会に存在する、あるいは浮上する問題点がなぜ存在する、あるいは存在してくるのかを構造的に明らかにして、それをどのようにすればいいかを市民が考えて行動に移す。
それによって問題点が解決の方向へ向かう。
そのことを学問は目指しているということです。

ゆえに、多くの人が学問を学び、日々の市民生活において行動する人が多ければ多ければいいのは言うまでもないことです。
しかし、大学生のほとんどは受験勉強で疲弊してしまって、それどころではない。
それに嘆いていたのです私は。
そして加藤氏も同感だったようで、その『文化講演会2』の中で以下のように話しています。
「いまの大学生のすべてが立派に勉強しているなどということは、私全然、夢にも思ったことありません。大体8割くらいは大学に籍を置いているだけで、マージャンをしているというのが主流でありますから、それほどいまの若き学生に期待するところはないのであります。」(39頁)
問題点を良きものに変えていく…これを加藤氏は創造力と呼ぶわけですが、その創造力をつけるのは何も大学だけで学べる類いのものではないのです。
今や、本は誰にでも安価で買えます。
そこに問題点を指摘して、それを改善の方向へ向かわせるための方策が書いてある著者のものであるならば、その著者は学問の存立理由のわかっている人で、非常に好感を持ちます。
そういう人の本を買って読んで、それに共感出来たら行動に移すようにしましょう。
●そんな内容に興味ある人に読んでほしいのが以下の電子書籍.ペーパーバックになります。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
以下よりどうぞ!
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
故.加藤秀俊氏が愛媛県の市民会館でおこなった講演を本にした『文化講演会 2』という本をよむと、大学の勉強がいかに大事かということが痛感させられます。
加藤氏(下写真)は、
「過去を一方で振り返りながら、他方で未来から現在を逆算する方法というモノをそれぞれの地域社会は持つべきだ」ということです。
こうなってほしいという理想像を作り上げたうえで逆に現在というものの自らの使命をそこから計算してほしいです自分の生きる社会においてです。
この講演で言われている加藤氏の理論的な言葉である「経営の才能のあった大名がいたことろが栄えた。」とか、「地域社会は、よそ者を入れることで活性化する。」とか「過去を一方で振り返りながら、他方で未来から現在を逆算する方法というモノをそれぞれの地域社会は持つべきだ」といったことは、試験に出るわけでもないし、そのことを知っていただけで金銭を得れるわけでもないです。
しかし、そういう知識を得ることで、人生の指針を得れるはずです。
そして、行動することで、ひいては自分の周りの社会をも変えれるはずです、しかもいい方向に。
そういう社会にある問題点を拾い上げて、そこで何をするか?
知識を得ているだけでは何もならない。
やはり、良き方向へかじ取りする人材を輩出することを学問は目指しているのです。
それが一番大きいのではないか、と私は大学在学中に思ったのですが、それは今も変わりはないです。
「青年よ大志を抱け」とは、札幌農学校の初代教頭だったウィリアム.クラークの言葉ですが、そういう社会を、ひいては世界を良き方向へ変えることを科学は目指しているし、そういう人が多く輩出することを望んでいるのです。
そういう知識を行動に移して、結果が出る。
その結果得た内容が知恵ということになるのです。
そういう知恵をどんどん脳内に蓄積していってほしいものです。
確かに、そういう知識や知恵を得たところで、入社試験に出るわけでもないし、栄誉が付くわけでもない。
でも、自分が住んでいる社会において、生活しているのであれば、それに問題点が浮上すれば、それを改善していこうと思ってほしいものです。
自分の部屋がきたなかったら、掃除するでしょう。
それと同じ理屈なのです。
大学で講義される学問は、社会に存在する、あるいは浮上する問題点がなぜ存在する、あるいは存在してくるのかを構造的に明らかにして、それをどのようにすればいいかを市民が考えて行動に移す。
それによって問題点が解決の方向へ向かう。
そのことを学問は目指しているということです。
ゆえに、多くの人が学問を学び、日々の市民生活において行動する人が多ければ多ければいいのは言うまでもないことです。
しかし、大学生のほとんどは受験勉強で疲弊してしまって、それどころではない。
それに嘆いていたのです私は。
そして加藤氏も同感だったようで、その『文化講演会2』の中で以下のように話しています。
「いまの大学生のすべてが立派に勉強しているなどということは、私全然、夢にも思ったことありません。大体8割くらいは大学に籍を置いているだけで、マージャンをしているというのが主流でありますから、それほどいまの若き学生に期待するところはないのであります。」(39頁)
問題点を良きものに変えていく…これを加藤氏は創造力と呼ぶわけですが、その創造力をつけるのは何も大学だけで学べる類いのものではないのです。
今や、本は誰にでも安価で買えます。
そこに問題点を指摘して、それを改善の方向へ向かわせるための方策が書いてある著者のものであるならば、その著者は学問の存立理由のわかっている人で、非常に好感を持ちます。
そういう人の本を買って読んで、それに共感出来たら行動に移すようにしましょう。
●そんな内容に興味ある人に読んでほしいのが以下の電子書籍.ペーパーバックになります。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のこと)
以下よりどうぞ!
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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