怠惰な大学教授は、なぜ学者を志していたころの情熱を失ってしまったか?どうすれば熱心になれるか? (加藤秀俊)
こんにちは。
私の大学時代に読んだ本で、感銘を受けた大学教授として桜井邦朋という人が挙げられます。
宇宙物理学の研究で、第一人者でした。
この人が書いた本の中で、「大学教授たるもの、日々の研究結果として本の出版はしなくてはならない」ということを書いていました。
そういうことには何気なく一年次の頃に私も思ってました。
講義内容が詳説されている冊子を見て、学生は自分が受ける講義を選択するのですが、その講義内容の冊子には教授たちのプロフィールや、これまで出した本や訳書本などが書いてあるのが普通でした。
しかし、どの教員たちも、そこには出した本の例が少なくて辟易したものです。
日々研究しているのだから、それが集大成となって、本の1冊や2冊を出版できるのが普通ではないか?

しかし、出版できている例は、非常に少なかったです。
研究においては、必ず文章を書く、というのが必然です。
しかし、それを習慣づけることがないから、ほとんどできていない教授や助教授がほとんどでした。
大学教授の常として、講義では毎年毎年、同じ講義ノートを読んで、解説しているだけ、というのがよくありました。
そういう教授に限って、研究などしていないのです。
ゆえに、35年の教授人生の中で、出版した本の数は1冊だけ、という例がよくあります。
仕方ないでしょう。
そういう研究のスタンスでも、毎年自分の講義を受講してくれる学生が大勢いるからこそ、こういう惰性の教授をのさばらせてしまうのですから。
そういういい加減な教授の授業など受けたくない、といってボイコットする学生がわんさか出れば、そういう教授も必死に研究するようになるでしょう。
しかし、そんな教授の授業こそ、毎回毎回同じことを言っているだけだから、年末試験が楽なのです。
楽だから、受講生が多いのです。
多いから、その分、高額の給料が入ってくるのです。

気張って研究しなくても給料が高ければ、必死になって研究して本を出版しようという気概がうせてしまうのでしょう。
しかし、教授たちは、当初、学者を志したからこそ、そういう気概があったのでしょう。
しかし、そういう好きなことを毎日毎日していると逆に、好きや憧れという気がなくなってしまうことも考えれます。
皆、すしは好きですよね?
そのすしは毎日食べていれば、好きではなくなります。
逆にうんざりしてしまうでしょう。
たまーに食べるから美味しいし、ありがたみがわかるのです。
それと学問の研究も一緒なのではないか、そんな気がするのです。
毎日毎日好きなことだけやっていれば、好きではなくなるのは明白です。
ゆえに、あまり乗り気でない早朝アルバイトなどもすることで、研究に打ち込めるのではないでしょうか?

そんな気がするのです。
私は本を読んだり文章を書いたりするのが好きですが、毎日毎日そればかりではやはりうんざりという気になってしまいます。
しかし、不本意な早朝のバイトなどをすることで、それが終了してからの本読みや物書きは非常に心地よいものなのです。
誰もが経験する中学時代の3年時の部活の終了時期を思い出してくださいませ。
それまでは、スポーツと勉強の二足の草鞋を履いていた。
しかし、受験を控えるがゆえに、部活は辞めなくてはならない。
ゆえに、勉強する時間が増えて、勉強の効率が抜群にあがる…そういきまいていたにもかかわらず、実際そうはならない。
何故か?
部活にいかなくてもいいからと気が抜けて、その分遊んじゃうからですね。
それは中学時代だけでなく、どの世代にも当てはまります。
ゆえに大学教授は好きな研究活動に取り込めると息巻いても、時間が多すぎて怠惰になってしまう例がわんさかあるようです。
ゆえに、自分の好きでない不本意なことを自らに課していくことが大事でしょう。
幼かった中学時代の自分に学び返すことが重要でしょう。

それで、自分の今のスタンスを見直すことで、研究に没頭することが叶うのではないか、そんな気がしますね。
ただし、研究できる時間が多すぎるからこそ、逆に研究しまくりになって、教授生活の中で、100冊以上もの本を出版してきた学者の例もあることは間違いないです。
その好例として外山滋比古、吉本隆明、桑原武夫といった例があります。
そして当の桜井邦朋もその例に漏れないのです。
そして、私が敬愛していた加藤秀俊(下写真)もその例でした。
この人も100冊以上の本を逝去するまでに出してきたのです。

まさに知識人としてのあるべき姿を体現していたのですから尊敬に値する人物でした。
専門という枠にとらわれずに、好奇心の赴くまま、いろんな本をよみまくり、フィールドワークのしまくりによって、本を出版しまくりになっていたのです。
学問に関するラジオのパーソナリティにもなったこともあり、また、地方のシンポジウムの講演にも呼ばれて、そこでの講演の内容が本になったこともありました。
そういう姿を見せつけることが学者が学生に対してすべき一番大事なのではないでしょうか?
●そんな加藤氏に興味わいた人に読んでほしいのが以下の電子書籍.ペーパーバックになります(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
私の大学時代に読んだ本で、感銘を受けた大学教授として桜井邦朋という人が挙げられます。
宇宙物理学の研究で、第一人者でした。
この人が書いた本の中で、「大学教授たるもの、日々の研究結果として本の出版はしなくてはならない」ということを書いていました。
そういうことには何気なく一年次の頃に私も思ってました。
講義内容が詳説されている冊子を見て、学生は自分が受ける講義を選択するのですが、その講義内容の冊子には教授たちのプロフィールや、これまで出した本や訳書本などが書いてあるのが普通でした。
しかし、どの教員たちも、そこには出した本の例が少なくて辟易したものです。
日々研究しているのだから、それが集大成となって、本の1冊や2冊を出版できるのが普通ではないか?
しかし、出版できている例は、非常に少なかったです。
研究においては、必ず文章を書く、というのが必然です。
しかし、それを習慣づけることがないから、ほとんどできていない教授や助教授がほとんどでした。
大学教授の常として、講義では毎年毎年、同じ講義ノートを読んで、解説しているだけ、というのがよくありました。
そういう教授に限って、研究などしていないのです。
ゆえに、35年の教授人生の中で、出版した本の数は1冊だけ、という例がよくあります。
仕方ないでしょう。
そういう研究のスタンスでも、毎年自分の講義を受講してくれる学生が大勢いるからこそ、こういう惰性の教授をのさばらせてしまうのですから。
そういういい加減な教授の授業など受けたくない、といってボイコットする学生がわんさか出れば、そういう教授も必死に研究するようになるでしょう。
しかし、そんな教授の授業こそ、毎回毎回同じことを言っているだけだから、年末試験が楽なのです。
楽だから、受講生が多いのです。
多いから、その分、高額の給料が入ってくるのです。
気張って研究しなくても給料が高ければ、必死になって研究して本を出版しようという気概がうせてしまうのでしょう。
しかし、教授たちは、当初、学者を志したからこそ、そういう気概があったのでしょう。
しかし、そういう好きなことを毎日毎日していると逆に、好きや憧れという気がなくなってしまうことも考えれます。
皆、すしは好きですよね?
そのすしは毎日食べていれば、好きではなくなります。
逆にうんざりしてしまうでしょう。
たまーに食べるから美味しいし、ありがたみがわかるのです。
それと学問の研究も一緒なのではないか、そんな気がするのです。
毎日毎日好きなことだけやっていれば、好きではなくなるのは明白です。
ゆえに、あまり乗り気でない早朝アルバイトなどもすることで、研究に打ち込めるのではないでしょうか?
そんな気がするのです。
私は本を読んだり文章を書いたりするのが好きですが、毎日毎日そればかりではやはりうんざりという気になってしまいます。
しかし、不本意な早朝のバイトなどをすることで、それが終了してからの本読みや物書きは非常に心地よいものなのです。
誰もが経験する中学時代の3年時の部活の終了時期を思い出してくださいませ。
それまでは、スポーツと勉強の二足の草鞋を履いていた。
しかし、受験を控えるがゆえに、部活は辞めなくてはならない。
ゆえに、勉強する時間が増えて、勉強の効率が抜群にあがる…そういきまいていたにもかかわらず、実際そうはならない。
何故か?
部活にいかなくてもいいからと気が抜けて、その分遊んじゃうからですね。
それは中学時代だけでなく、どの世代にも当てはまります。
ゆえに大学教授は好きな研究活動に取り込めると息巻いても、時間が多すぎて怠惰になってしまう例がわんさかあるようです。
ゆえに、自分の好きでない不本意なことを自らに課していくことが大事でしょう。
幼かった中学時代の自分に学び返すことが重要でしょう。
それで、自分の今のスタンスを見直すことで、研究に没頭することが叶うのではないか、そんな気がしますね。
ただし、研究できる時間が多すぎるからこそ、逆に研究しまくりになって、教授生活の中で、100冊以上もの本を出版してきた学者の例もあることは間違いないです。
その好例として外山滋比古、吉本隆明、桑原武夫といった例があります。
そして当の桜井邦朋もその例に漏れないのです。
そして、私が敬愛していた加藤秀俊(下写真)もその例でした。
この人も100冊以上の本を逝去するまでに出してきたのです。
まさに知識人としてのあるべき姿を体現していたのですから尊敬に値する人物でした。
専門という枠にとらわれずに、好奇心の赴くまま、いろんな本をよみまくり、フィールドワークのしまくりによって、本を出版しまくりになっていたのです。
学問に関するラジオのパーソナリティにもなったこともあり、また、地方のシンポジウムの講演にも呼ばれて、そこでの講演の内容が本になったこともありました。
そういう姿を見せつけることが学者が学生に対してすべき一番大事なのではないでしょうか?
●そんな加藤氏に興味わいた人に読んでほしいのが以下の電子書籍.ペーパーバックになります(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
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