自身のスタンスで著者や出版社を選べば読書を思い白くする? (加藤秀俊)
こんにちは。
文系大学において学生は、本しかも論文の本を読むのは必須です。
いろんな理論を学び、それを自己内で消化し、取捨選択をして、自分の頭で考えて行動に移す。
そのことで社会や人間関係はよくなるからです。

その回数が多ければ多いほど、そういうことをする人が多ければ多いほどいいのは言うまでもありません。
ゆえに、考えを促してくれるような、人生観がガラッと変わるような本に出合えれば、これに勝る喜びはありません。
それも冊数や著者数が多ければ多いほどいいのは言うまでもありません。
読書に、王道はありません。
自身でいろな本を、いろんな著者のを読んでいくことで、自身のスタンス.型ができてくるのですから、そういうスタンス.型を作れたらこれもまたその人の人生を心豊かにしてくれることは間違いありません。
いろいろ読んでいくと、この著者はいいからまた読みたい、逆に、この著者は悪いから次から読まない、といった自分なりのスタンスができてくるのです。
著者のみならず、出版社にもできてくるのです。

いろんな出版社がありますが、あるいい本が発見できると、その本の出版社までいい印象を受けるのは間違いないです。
やはり、出版社にも、その会社のスタンスがあるわけで、それにかなった著者を選んで出版していくのですから、だいたいそういう傾向があるのは否めません。
しかし、私としては、論文の本は読んだ人のモラルを啓蒙していい社会や人間関係を醸成するよう目を果たさなくてはいけない、と思っているので、やたら難しい表現ばかりの本や、引用ばかりの本、祖述だけの本を出版している会社の本は読まないようにします。
というか自然的にそういう本を書く筆者の本は忌避しているのに気が付きました。
そしていつしかそういう著者のは本屋の店頭で見ても、買わないで済ますのです。
逆に、大きな感動を覚えた本の著者のものを店頭で発見したら、すぐさま手に取って買ってしまうのです。
そういう自然と沸き立つ感情に奮起させてしまう著者の本を、ずっと買って読んでいくべきでしょう。
そういうスタンスが築ければ、これはその人の人生を心豊かにします。
そういう本を多く出してくれた学者は、故.加藤秀俊(下写真)になります。

本は読んだ人の心の啓蒙を目指す…のであれば、やはり、祖述だけではなく、引用も少なく、難しい表現をしない本を出している著者のを選ぶべきでしょう。
そして一部の人だけにしか通用しない内容しか書かれていない本ばかりを出版している会社の本は読む必要はまったくないでしょう。
そのもっとな例は、法政大学出版会でしょう。
この出版会社のいでたちは、非常にアカデミックで、エレガンスな趣きに溢れていて、つい手に取って読みたくなる品位に溢れています。
そして買って読んでみるも、かなりマニアックで奥深く、いや深すぎで、一般人が読んでも一向に興味をそそらない内容で、最大でも40ページくらいしか読みたい気にさせない代物の本が多すぎて、いつも途中で読みやめてしまいます。
それのみか、この会社の本は、やたらと学説の深い、いや深すぎる検証が長々と展開されていて、読むのに辟易してしまうのです。
あまり一般市民向けではないのです。
そして再び、その会社の本を店頭で見ると、カバーの趣きの優雅さにまた買って読みたくなる衝動にかられますが、これまでの失敗から、買わないと自分を諫めているのです(笑)

こういうことを書くと、営業妨害の誹りを免れないかもしれないですが、仕方がないです。
確かにマニアックすぎる論調でも、マニアックすぎる学説の検証でも、何かしらの効用があるわけで、それを面白いと思って読んでいる読者もいるわけで、それについてケチをつけるつもりも批判するつもりもないです。
ただ、自分はこの会社のものは読みたくはない、というスタンスでいるわけです。
また、日本の冠たる岩波書店ですが、この会社の岩波新書にはいいものがあふれています。
この新書の黄判、青判には読みやすく人を啓もうする品位に溢れています。
しかし、この新書の赤版はマニアックすぎる知識がこれでもかと盛り込まれて、全然日常生活に必要と思われる品位が感じないので、すぐ読みやめてしまいます。
大学院生あるいは大学教授たちが読むのにはいいかもしれません、いやそういった人たちですらも読むのに辟易してしまうパターンもあるのではないかと思われるくらいマニアックすぎなものもあります。
ゆえに、岩波新書は黄色か青にすべしと思っているのです私は。
また、未來社という出版社のものは概して難解な表現を使っているので、読みにくい傾向があります。

そして、東海大学出版会の本は、あまりに引用が多すぎて気持ちが平易してしまいます。
みすず書房のはやわらかく繊細な論調のものが多く文明史などの本であれば、朝コーヒーを嗜みながら読むと最高の休日が送れる本が多いのは事実です。
しかし、あまり当為が語られていない場合が多いというのが難点かなとは思います。
いろんな会社によって一長一短ですが、読まないと決めた出版社のものは忌避しがちになるのです。
いずれも私が批判した出版社のものは、私のこれまでの経験上、そういう批判の的になる事柄が多かっただけのことで全部の本を
検証したわけではないですから「一部」なのです。
ゆえに他その出版社の本でいいものがある可能性はあるわけだし、そういうものに出会えたら率先して読んでみたいとは思っているのは確かです。
心は閉ざさないでいるつもりです。

そういう本にであえる可能性を広くするには、人との情報共有にあると思っているので、それも継続していきたいと思っています。
もちろん、批判した出版会社のでも例外はあるわけで、岩波新書の赤版でも著者によってはいいものはあります。
樋口陽一氏や小野善康氏の本は非常に読みやすく、マニアックではあるけれども市民にも読みやすく入れるレベルにとどまっていたので、買う対象ではあります。
未來社のでも、本や著者によりけりで、的場昭弘氏の本は非常に感銘を受けました。
やはり例外はあるわけで、画然とした断定は控えなくてはいけないでしょう。
こういったスタンスを築くのもまた読書の楽しみの一つではあります。
今回はこれにて失礼いたします。
●大学生におすすめの学問へのスタンスを論じた電子書籍.ペーパーバックは以下です。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
文系大学において学生は、本しかも論文の本を読むのは必須です。
いろんな理論を学び、それを自己内で消化し、取捨選択をして、自分の頭で考えて行動に移す。
そのことで社会や人間関係はよくなるからです。

その回数が多ければ多いほど、そういうことをする人が多ければ多いほどいいのは言うまでもありません。
ゆえに、考えを促してくれるような、人生観がガラッと変わるような本に出合えれば、これに勝る喜びはありません。
それも冊数や著者数が多ければ多いほどいいのは言うまでもありません。
読書に、王道はありません。
自身でいろな本を、いろんな著者のを読んでいくことで、自身のスタンス.型ができてくるのですから、そういうスタンス.型を作れたらこれもまたその人の人生を心豊かにしてくれることは間違いありません。
いろいろ読んでいくと、この著者はいいからまた読みたい、逆に、この著者は悪いから次から読まない、といった自分なりのスタンスができてくるのです。
著者のみならず、出版社にもできてくるのです。
いろんな出版社がありますが、あるいい本が発見できると、その本の出版社までいい印象を受けるのは間違いないです。
やはり、出版社にも、その会社のスタンスがあるわけで、それにかなった著者を選んで出版していくのですから、だいたいそういう傾向があるのは否めません。
しかし、私としては、論文の本は読んだ人のモラルを啓蒙していい社会や人間関係を醸成するよう目を果たさなくてはいけない、と思っているので、やたら難しい表現ばかりの本や、引用ばかりの本、祖述だけの本を出版している会社の本は読まないようにします。
というか自然的にそういう本を書く筆者の本は忌避しているのに気が付きました。
そしていつしかそういう著者のは本屋の店頭で見ても、買わないで済ますのです。
逆に、大きな感動を覚えた本の著者のものを店頭で発見したら、すぐさま手に取って買ってしまうのです。
そういう自然と沸き立つ感情に奮起させてしまう著者の本を、ずっと買って読んでいくべきでしょう。
そういうスタンスが築ければ、これはその人の人生を心豊かにします。
そういう本を多く出してくれた学者は、故.加藤秀俊(下写真)になります。
本は読んだ人の心の啓蒙を目指す…のであれば、やはり、祖述だけではなく、引用も少なく、難しい表現をしない本を出している著者のを選ぶべきでしょう。
そして一部の人だけにしか通用しない内容しか書かれていない本ばかりを出版している会社の本は読む必要はまったくないでしょう。
そのもっとな例は、法政大学出版会でしょう。
この出版会社のいでたちは、非常にアカデミックで、エレガンスな趣きに溢れていて、つい手に取って読みたくなる品位に溢れています。
そして買って読んでみるも、かなりマニアックで奥深く、いや深すぎで、一般人が読んでも一向に興味をそそらない内容で、最大でも40ページくらいしか読みたい気にさせない代物の本が多すぎて、いつも途中で読みやめてしまいます。
それのみか、この会社の本は、やたらと学説の深い、いや深すぎる検証が長々と展開されていて、読むのに辟易してしまうのです。
あまり一般市民向けではないのです。
そして再び、その会社の本を店頭で見ると、カバーの趣きの優雅さにまた買って読みたくなる衝動にかられますが、これまでの失敗から、買わないと自分を諫めているのです(笑)
こういうことを書くと、営業妨害の誹りを免れないかもしれないですが、仕方がないです。
確かにマニアックすぎる論調でも、マニアックすぎる学説の検証でも、何かしらの効用があるわけで、それを面白いと思って読んでいる読者もいるわけで、それについてケチをつけるつもりも批判するつもりもないです。
ただ、自分はこの会社のものは読みたくはない、というスタンスでいるわけです。
また、日本の冠たる岩波書店ですが、この会社の岩波新書にはいいものがあふれています。
この新書の黄判、青判には読みやすく人を啓もうする品位に溢れています。
しかし、この新書の赤版はマニアックすぎる知識がこれでもかと盛り込まれて、全然日常生活に必要と思われる品位が感じないので、すぐ読みやめてしまいます。
大学院生あるいは大学教授たちが読むのにはいいかもしれません、いやそういった人たちですらも読むのに辟易してしまうパターンもあるのではないかと思われるくらいマニアックすぎなものもあります。
ゆえに、岩波新書は黄色か青にすべしと思っているのです私は。
また、未來社という出版社のものは概して難解な表現を使っているので、読みにくい傾向があります。
そして、東海大学出版会の本は、あまりに引用が多すぎて気持ちが平易してしまいます。
みすず書房のはやわらかく繊細な論調のものが多く文明史などの本であれば、朝コーヒーを嗜みながら読むと最高の休日が送れる本が多いのは事実です。
しかし、あまり当為が語られていない場合が多いというのが難点かなとは思います。
いろんな会社によって一長一短ですが、読まないと決めた出版社のものは忌避しがちになるのです。
いずれも私が批判した出版社のものは、私のこれまでの経験上、そういう批判の的になる事柄が多かっただけのことで全部の本を
検証したわけではないですから「一部」なのです。
ゆえに他その出版社の本でいいものがある可能性はあるわけだし、そういうものに出会えたら率先して読んでみたいとは思っているのは確かです。
心は閉ざさないでいるつもりです。
そういう本にであえる可能性を広くするには、人との情報共有にあると思っているので、それも継続していきたいと思っています。
もちろん、批判した出版会社のでも例外はあるわけで、岩波新書の赤版でも著者によってはいいものはあります。
樋口陽一氏や小野善康氏の本は非常に読みやすく、マニアックではあるけれども市民にも読みやすく入れるレベルにとどまっていたので、買う対象ではあります。
未來社のでも、本や著者によりけりで、的場昭弘氏の本は非常に感銘を受けました。
やはり例外はあるわけで、画然とした断定は控えなくてはいけないでしょう。
こういったスタンスを築くのもまた読書の楽しみの一つではあります。
今回はこれにて失礼いたします。
●大学生におすすめの学問へのスタンスを論じた電子書籍.ペーパーバックは以下です。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
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