教授として目指すべきは、憧れの感情を維持している人ともう1つは…? (加藤秀俊)
こんにちは。
今回は大学教授や著作家に求める文に関する内容を書いていきたいです。
こういった人たちは、絶えず情報収集をしているのが日課になっているのです。
新聞、ラジオ、ネット、本、雑誌、ジュリスト、冊子…その他、諸々です。
自分の専門の科学、例えば経済学の教授であれば、その手の情報を摂取するわけですが、その他の科学、例えば社会学、人類学、法学、文学、宗教学といった他の学問についての本などを読んでいる例は稀なのでしょうか?
経済学とは関係なさそうな分野でも、その手の本を読んでいることで、自身の専門に役立つ情報が得れたりするのです。
それは私が大学時代に経験しました。
ですから、こういった本も主体的に読んでいくことで、楽しい情報収集になるのである、ということが敢然と言えるでしょう。
そういう意思で本を読むことで、良い情報が得れる。
しかし、他の領域からは学ぶものがないと頭から決めつけながら、他の領域の本を読んでいると、よき情報は素通りして終わってしまうのです。
これではもったいないな、と感じる次第です。
他の領域からも自分の専門を高次に肉付けできる、という意思で読書なり情報収集していると、良いものがたくさん得れるのです。
いろんなテーマで本を書こうと思っている人ならば、いろいろな本を読み、いろんな情報を得ることで、それぞれの書きたい本のテーマに使える情報がいろいろ出てくるわけです。
私の場合、いろんな本が読みたいわけで、いろんなモノを濫読しまくっているのですが、その過程において、「これは〇〇に使えそうだ!」という例がいくつも出てきます。
それを逐一、脳内にインプットして、暗記し続けるのは不可能…少なくとも私はそうです(笑)
なので、良い情報に出くわしたら、その書きたい本のテーマ別にチェックしておくのです。
例えば、Aという表題の本を書こうと思っていて、それにふさわしい情報が得れたら、その文章に線なりを引いて、Aと書いておくのです。
そして、それを帰宅後、ワードに書いておくのです。
それは、本の題名とそれがあったページをメモしておくのか、その文章をそっくりそのままワードに書いておくのかはケースバイケースです。
こういう方法について詳しく知りたい人は、渡部昇一著の『知的生産の生活』を読んでみるのがいいでしょう。
問題意識があって本を書くという意思があるかないかで、読書や情報収集において集中力違ってくるのです。
別に本など書く気はない。
ただ講義をしているだけでいい、という教授があまりにも多かったと私は自分の大学時代に思いました。
あるいは、大学の教員を目指したのは、世界的に有名な学者に憧れていたがためなのにも関わらず、普通に講義をしているだけで大金が入ってくるようになると、いつしかその憧れの気持ちを忘れてしまい、本など出さないまま、出しても35年間の中で1冊くらいしか書かないで終わってしまうパターンは散見されます。
そうなると、情熱も低くなっていますから、本を読んでもこういった知的生産などしないまま過ごしてしまうのではないでしょうか?
それでもその教授はいいんです。
大金が入ってくるんですから。
文系の大学に入るためには、初年度で1300万円前後、次年度からは100万円を3年間で計430万円程度がかかるのです。
大学の講義の1コマは3000円程度する計算になります。
高いところは、4000円くらいします。
断言します。
大学の講義に、そんな価値はないと(笑)。
100人の受講者がいる講義は、3000円×100人で300000円になりますが、そっくりそのまま300000円が教授に入るわけではないですが、かなり高額の給料をもらっているのは間違いないでしょう。
全然苦労しないのに大金が入ってくるのだから、講義もいい加減で、毎年毎年同じ講義ノートを読んでいるだけで終わり、というパターンも往々にしてあるでしょうし、いっぱい見てきました。
時間もお金もたくさん入る…そして学問にあこがれを抱いて教員を目指した。
ならばどの教授も、研究しまくりの本出しまくり…そうはならないですね(笑)
研究しまくる教授は本当に研究しまくって、35年間で本を100冊くらい出したりします。
桑原武夫、吉本隆明、堺屋太一、外山滋比古、渡部昇一等々、こういう人物に大学教授の誰しもなるかといえばそうはならないようですね(笑)
哀しいながら…。
やはり、大学の教員は研究しまくりになる人と、怠惰なまま終わってしまうパターンと両方あり、片方だけ(研究しまくりになる人)になるようにはならないですね。
それはその人の意思だけではなく、人生観に依っている気がします。
専門分野だけに拘らずに、いろんな分野から学ぼうという謙虚な姿勢を持っている人ですね。
こういう人こそが、学者として成功しているのは目に見えているでしょう。
どうか怠惰な教員の真似はせずに、研究しまくりの教員を目標にして学業を誰しも修めていってほしいものです。
そんな研究しまくりの好例として社会学者の加藤秀俊氏(故人、下写真)を紹介しておきたいと思います。
この人も、自分の専門だけに拘らずにいろんな分野に食指を伸ばしていったのです。
そして書いた文章の壮大さには目を見張るものがあったことは確かです。
●そんな加藤秀俊に興味がわいた人に読んでもらいたい電子書籍.ペーパーバックは以下です。
読者に気遣いをしろと言いたくなる。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。
・加藤秀俊ホーム
今回は大学教授や著作家に求める文に関する内容を書いていきたいです。
こういった人たちは、絶えず情報収集をしているのが日課になっているのです。
新聞、ラジオ、ネット、本、雑誌、ジュリスト、冊子…その他、諸々です。
自分の専門の科学、例えば経済学の教授であれば、その手の情報を摂取するわけですが、その他の科学、例えば社会学、人類学、法学、文学、宗教学といった他の学問についての本などを読んでいる例は稀なのでしょうか?
経済学とは関係なさそうな分野でも、その手の本を読んでいることで、自身の専門に役立つ情報が得れたりするのです。
それは私が大学時代に経験しました。
ですから、こういった本も主体的に読んでいくことで、楽しい情報収集になるのである、ということが敢然と言えるでしょう。
そういう意思で本を読むことで、良い情報が得れる。
しかし、他の領域からは学ぶものがないと頭から決めつけながら、他の領域の本を読んでいると、よき情報は素通りして終わってしまうのです。
これではもったいないな、と感じる次第です。
他の領域からも自分の専門を高次に肉付けできる、という意思で読書なり情報収集していると、良いものがたくさん得れるのです。
いろんなテーマで本を書こうと思っている人ならば、いろいろな本を読み、いろんな情報を得ることで、それぞれの書きたい本のテーマに使える情報がいろいろ出てくるわけです。
私の場合、いろんな本が読みたいわけで、いろんなモノを濫読しまくっているのですが、その過程において、「これは〇〇に使えそうだ!」という例がいくつも出てきます。
それを逐一、脳内にインプットして、暗記し続けるのは不可能…少なくとも私はそうです(笑)
なので、良い情報に出くわしたら、その書きたい本のテーマ別にチェックしておくのです。
例えば、Aという表題の本を書こうと思っていて、それにふさわしい情報が得れたら、その文章に線なりを引いて、Aと書いておくのです。
そして、それを帰宅後、ワードに書いておくのです。
それは、本の題名とそれがあったページをメモしておくのか、その文章をそっくりそのままワードに書いておくのかはケースバイケースです。
こういう方法について詳しく知りたい人は、渡部昇一著の『知的生産の生活』を読んでみるのがいいでしょう。
問題意識があって本を書くという意思があるかないかで、読書や情報収集において集中力違ってくるのです。
別に本など書く気はない。
ただ講義をしているだけでいい、という教授があまりにも多かったと私は自分の大学時代に思いました。
あるいは、大学の教員を目指したのは、世界的に有名な学者に憧れていたがためなのにも関わらず、普通に講義をしているだけで大金が入ってくるようになると、いつしかその憧れの気持ちを忘れてしまい、本など出さないまま、出しても35年間の中で1冊くらいしか書かないで終わってしまうパターンは散見されます。
そうなると、情熱も低くなっていますから、本を読んでもこういった知的生産などしないまま過ごしてしまうのではないでしょうか?
それでもその教授はいいんです。
大金が入ってくるんですから。
文系の大学に入るためには、初年度で1300万円前後、次年度からは100万円を3年間で計430万円程度がかかるのです。
大学の講義の1コマは3000円程度する計算になります。
高いところは、4000円くらいします。
断言します。
大学の講義に、そんな価値はないと(笑)。
100人の受講者がいる講義は、3000円×100人で300000円になりますが、そっくりそのまま300000円が教授に入るわけではないですが、かなり高額の給料をもらっているのは間違いないでしょう。
全然苦労しないのに大金が入ってくるのだから、講義もいい加減で、毎年毎年同じ講義ノートを読んでいるだけで終わり、というパターンも往々にしてあるでしょうし、いっぱい見てきました。
時間もお金もたくさん入る…そして学問にあこがれを抱いて教員を目指した。
ならばどの教授も、研究しまくりの本出しまくり…そうはならないですね(笑)
研究しまくる教授は本当に研究しまくって、35年間で本を100冊くらい出したりします。
桑原武夫、吉本隆明、堺屋太一、外山滋比古、渡部昇一等々、こういう人物に大学教授の誰しもなるかといえばそうはならないようですね(笑)
哀しいながら…。
やはり、大学の教員は研究しまくりになる人と、怠惰なまま終わってしまうパターンと両方あり、片方だけ(研究しまくりになる人)になるようにはならないですね。
それはその人の意思だけではなく、人生観に依っている気がします。
専門分野だけに拘らずに、いろんな分野から学ぼうという謙虚な姿勢を持っている人ですね。
こういう人こそが、学者として成功しているのは目に見えているでしょう。
どうか怠惰な教員の真似はせずに、研究しまくりの教員を目標にして学業を誰しも修めていってほしいものです。
そんな研究しまくりの好例として社会学者の加藤秀俊氏(故人、下写真)を紹介しておきたいと思います。
この人も、自分の専門だけに拘らずにいろんな分野に食指を伸ばしていったのです。
そして書いた文章の壮大さには目を見張るものがあったことは確かです。
●そんな加藤秀俊に興味がわいた人に読んでもらいたい電子書籍.ペーパーバックは以下です。
読者に気遣いをしろと言いたくなる。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。
・加藤秀俊ホーム
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