孤独な作業であることを理解できる伴侶や友人がいるからこそ、その人は学者として成功できる? (加藤秀俊)
私が大学時代から敬愛していた学者である桜井邦朋氏は、学者というのは孤独な作業を伴う職業である、と本の中で書いていたのを思い出します。
その通りだと思いました。
私の浪人時代にも、その苦痛のある異次元の世界に飛び込まされた観があり、精神的に参ってしまった時もありました。
それまでは、毎日学校へ行って、同じクラスの人たちとしゃべり、行動を共にしてきたのに、いきなりそういうことが全くなくなる時期に突入したのですから。
誰とも話さない時期がありノイローゼになりかけた時もありました(笑)。
しかし、それも慣れてくればどうってことないことになってくるのです。
それを一時の精神的な苦痛で、諦めてしまうのでは何事も成し遂げることはできないでしょう。

学者も、机に向かって何時間も坐っていなくてはならない、そして誰とも話さない時間が長く続くときがあるのです。
それが嫌と言っているようでは学者失格です。
学者のみならず、格闘家、その他稽古ことなどその道を極めるに関しても共通することです。
また試験のために真剣に取り組んでいる人も同様です。
自分とだけ向き合ってどうしたらいいか模索し、本などを読んで探り当ている。
そして、それを実際の場で行動していく。
そういうことができないならば、その道で物事を成し遂げることは無理でしょう。
伴侶や恋人がいる人、あるいは友人がいる人は、やはり、そういった人たちと交流するのは必須です。
いくら孤独な時間が必須とは言っても、まったく交流しなくていいわけではないのです。
大いにすべきでしょう。
しかし、相手が構ってくれなくて寂しいからといって、その人の孤独な作業からつまみ出そう、とするのは、その人の恋人や妻や友人としてふさわしくないです。

そういう時間が必須であるのを理解して、そういう時間を割くことを了承してあげるのが筋というものです。
否、そういう理解力のある恋人や妻、友人がいてくれるからこそ、自分は頑張れると思うのです。
それでこそ、その孤独な作業に勤しむことができる。
これは何も、恋人や妻、友人をおろそかにして、その作業に取り組め、と言っているのではないのです。
そういった人たちの心を汲むのを忘れずに、そういう作業に打ち込むべし、ということを言いたいのです。
恋人や妻や友人には2日や3日に1回は必ず会う。
毎日会えるならば会うべきでしょう。
連絡をメールやlineでやり取りを毎週あるいは毎月必ずする、ということだだいじです。
それならば、人間関係に差支えはないはずです。
私が大学時代に知って、今も敬愛している故.加藤秀俊氏(下写真)は、そういう互いに理解して切磋琢磨していける友人と伴侶がいたからこそ、学者としても名を揚げて、が国内外からも講演に依頼が来て、ラジオパーソナリティにも呼ばれて、対談集の1人としても呼ばれて、本でいくつかの賞を取ってこれたのでしょう。

そういう姿勢が、氏の本からひしひしと感じとることができます。
今日も、加藤氏の本を喫茶店で読んで、そのことを実感しました。
●そういう本物の学者の意義について読みたい方は、以下の電子書籍.ペーパーバックをお勧めします。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
リンク1
リンク2
その通りだと思いました。
私の浪人時代にも、その苦痛のある異次元の世界に飛び込まされた観があり、精神的に参ってしまった時もありました。
それまでは、毎日学校へ行って、同じクラスの人たちとしゃべり、行動を共にしてきたのに、いきなりそういうことが全くなくなる時期に突入したのですから。
誰とも話さない時期がありノイローゼになりかけた時もありました(笑)。
しかし、それも慣れてくればどうってことないことになってくるのです。
それを一時の精神的な苦痛で、諦めてしまうのでは何事も成し遂げることはできないでしょう。
学者も、机に向かって何時間も坐っていなくてはならない、そして誰とも話さない時間が長く続くときがあるのです。
それが嫌と言っているようでは学者失格です。
学者のみならず、格闘家、その他稽古ことなどその道を極めるに関しても共通することです。
また試験のために真剣に取り組んでいる人も同様です。
自分とだけ向き合ってどうしたらいいか模索し、本などを読んで探り当ている。
そして、それを実際の場で行動していく。
そういうことができないならば、その道で物事を成し遂げることは無理でしょう。
伴侶や恋人がいる人、あるいは友人がいる人は、やはり、そういった人たちと交流するのは必須です。
いくら孤独な時間が必須とは言っても、まったく交流しなくていいわけではないのです。
大いにすべきでしょう。
しかし、相手が構ってくれなくて寂しいからといって、その人の孤独な作業からつまみ出そう、とするのは、その人の恋人や妻や友人としてふさわしくないです。

そういう時間が必須であるのを理解して、そういう時間を割くことを了承してあげるのが筋というものです。
否、そういう理解力のある恋人や妻、友人がいてくれるからこそ、自分は頑張れると思うのです。
それでこそ、その孤独な作業に勤しむことができる。
これは何も、恋人や妻、友人をおろそかにして、その作業に取り組め、と言っているのではないのです。
そういった人たちの心を汲むのを忘れずに、そういう作業に打ち込むべし、ということを言いたいのです。
恋人や妻や友人には2日や3日に1回は必ず会う。
毎日会えるならば会うべきでしょう。
連絡をメールやlineでやり取りを毎週あるいは毎月必ずする、ということだだいじです。
それならば、人間関係に差支えはないはずです。
私が大学時代に知って、今も敬愛している故.加藤秀俊氏(下写真)は、そういう互いに理解して切磋琢磨していける友人と伴侶がいたからこそ、学者としても名を揚げて、が国内外からも講演に依頼が来て、ラジオパーソナリティにも呼ばれて、対談集の1人としても呼ばれて、本でいくつかの賞を取ってこれたのでしょう。
そういう姿勢が、氏の本からひしひしと感じとることができます。
今日も、加藤氏の本を喫茶店で読んで、そのことを実感しました。
●そういう本物の学者の意義について読みたい方は、以下の電子書籍.ペーパーバックをお勧めします。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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