大学には素晴らしい教授はいます。その人の学業に触れたいならばその講義を受けること…違います! (加藤秀俊)
こんにちは。
私はかねてから大学への進学、および通学には否定的な立場を決めていました。
昨今は、平均的サラリーマンの平均年収が下がっているにもかかわらず、大学の学費は上がっているからです。

その莫大な額を払ってででも4年間いくメリットがあるならばともかく、メリットなどないのが明白だからです。
大学で学ぶ学問は、今や大学に行かなくても学べる性質のものです。
明治期には、学問に関する本など巷になかったがために、大学に進学した人は、貴重な本を学んできた教授の言っていることをノートに必死になって書き写したもののようです。
ゆえに当時の大学での学問は=写経だったのです。
そういう姿勢で学んだ人の行く末は、国の主要ポスト=高収入の道だったのです。
ゆえに、そういう道がどうしても必須だったならば、無理してでも行くべきでしょう。
しかし、今や大学進学=高収入への道ではないのです。
他にいくらでもあるのです。
自分で起業するなり、ネットで起業するなり、トレードで稼ぐなりといろいろあるのです。
日本人は何かと学問への畏敬の念を持つ習慣があるようで、それに対して無批判なのです。
大学に行くことが何かステータスであるかのように無意識に思ってしまうようです。

しかし、実際に大学に進学してからは、ほとんど学ばずに、学ぶのは年末試験前だけに勤しんでいるのです。
大学在学時には、学費の計算などしたことがないですが、卒業後にしてみました。
年間の授業料を、受ける授業の数×年間の講義回数で割るのです。
すると、1コマ2500円くらいという結果が出ました。
しかし、今や3000円とか、高いところでは4000円もするのです。
これには驚きました。
これだけ払っても、行かせるメリットがあると感じていたのでしょうか当時の親御さんたちは?
あるいは、学問に対する無批判での畏敬の念が作用していたのでしょうか。
そんな綿密な計算などしていなかったのでしょう。
莫大な額に変貌してしまったのならば、やはりそこは計算しなくてはならないでしょう。
そして実際、その価値があるかどうかを考えましょう。
結論。
そんな価値はないです!(笑)

1コマの授業をノートに書き、その授業に類似する内容の本を1冊買って読めばいいです。
その本1冊の方が内容でも、量でも勝っているでしょう。
新本ではなく、中古本でならばもっと安く買えるので、そのメリットは大きいでしょうね。
ゆえに、本を買って読めばいいのです。
わざわざそれほど意味のない講義に出席していく必要はないのです。
そういう日本人の無批判体制をいいことに、研究らしい研究をしている教授はほとんどいないのではないでしょうか?
いや、研究に研究を重ねていた教授はいたことはいましたが少数派でした。
しかし、その教授の講義が良かったのであれば、その教授の書いた本を読んで読めばいいでしょう。
その素晴らしい教授の書いた本が5冊としましょう。
それが1冊2500円としてそれを5つ揃えたら12500円です。
中古本で入手したらもっと安く買えるのです。
講義は年間でだいたい30回。
それを今の授業料ですと、1コマ3000円としますと90000円という計算です。

ならば本を5冊買った方が断然お得です。
学問の理論を勉強するのは、大学受験で培ったノウハウがあれば充分です。
そのことを認識しましょう。
ゆえに大学に、見合ってないばか高な学費を払って4年間も通い続けることがいかに不条理かを早く発見した方がいいです。
私が敬愛していた故.加藤秀俊は、「主体的に学びたいのであれば、大学に行く必要はない。本を買って読めばよろしい!」と自身の本『独学のすすめ』の中で書いているのです。
私もそれに賛同する立場です。
もちろん、これは文系の大学に限っての話しです。
医者になるなど医療関係の人で、大学卒業の証明がなければ就けない職業に進むと決めている人ならば、私のこういった意見は不問にしていいでしょう。
大学に誰もが行こうとするのは、明治期の名残なのです。
それをも早く気付き、意識から外すべきだろうと思われてならないです。
社会に出て成功したい。
これは大金を稼ぎたいということでしょうか?
ビートたけしほか大学を中退した芸能人たちのほか、いろんな中退したが成功している人の例はあります。
サラリーマンの平均年収は下がっている。
にもかかわらず大学の学費は上がっている。
その学費に見合う内容が大学では講義されていない。
大学卒業の肩書きがなくても大金は稼げる。
こういうことを総合的に考えると、大学は中退すべきか、それでも行きたいならば学費の安い通信制にすべき、ということは言えると思います。

戦後直後に生まれた世代の人たちは戦後復興の経済的な成長のおかげで、同じ会社に30年以上務めれば誰でも年収1000万円稼げるという時代だったのです。
しかし、今やそんな時代ではないのです。
学費払いに辟易している学生な人に言いたいのは、あなたの父や母が昔の世代に比べて能力がないではない、ということです。
昔と違って、アジア、アフリカ、南米、などいろんな中進国が勃興していっている時代だし、戦後直後の時代とは違って、国民全体がほしいモノがない時代なのですし、ほしいものはほぼすべて買いそろえてしまっている時代ゆえに。
困窮しているのであれば、大学に無理矢理行く必要はなく、なりたい道‐公務員、司法書士、司法関係、会計士などは誰でも高卒の資格があれば受けれるのです。
それらの試験のための勉強にお金や時間を使った方が賢明でしょう。
それの方が親御さんたちは喜ぶのではないでしょうか?
●そんな意見に与ししたい人におすすめの電子書籍.ペーパーバックは以下です(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

・加藤秀俊ホーム
リンク1
リンク2
私はかねてから大学への進学、および通学には否定的な立場を決めていました。
昨今は、平均的サラリーマンの平均年収が下がっているにもかかわらず、大学の学費は上がっているからです。
その莫大な額を払ってででも4年間いくメリットがあるならばともかく、メリットなどないのが明白だからです。
大学で学ぶ学問は、今や大学に行かなくても学べる性質のものです。
明治期には、学問に関する本など巷になかったがために、大学に進学した人は、貴重な本を学んできた教授の言っていることをノートに必死になって書き写したもののようです。
ゆえに当時の大学での学問は=写経だったのです。
そういう姿勢で学んだ人の行く末は、国の主要ポスト=高収入の道だったのです。
ゆえに、そういう道がどうしても必須だったならば、無理してでも行くべきでしょう。
しかし、今や大学進学=高収入への道ではないのです。
他にいくらでもあるのです。
自分で起業するなり、ネットで起業するなり、トレードで稼ぐなりといろいろあるのです。
日本人は何かと学問への畏敬の念を持つ習慣があるようで、それに対して無批判なのです。
大学に行くことが何かステータスであるかのように無意識に思ってしまうようです。
しかし、実際に大学に進学してからは、ほとんど学ばずに、学ぶのは年末試験前だけに勤しんでいるのです。
大学在学時には、学費の計算などしたことがないですが、卒業後にしてみました。
年間の授業料を、受ける授業の数×年間の講義回数で割るのです。
すると、1コマ2500円くらいという結果が出ました。
しかし、今や3000円とか、高いところでは4000円もするのです。
これには驚きました。
これだけ払っても、行かせるメリットがあると感じていたのでしょうか当時の親御さんたちは?
あるいは、学問に対する無批判での畏敬の念が作用していたのでしょうか。
そんな綿密な計算などしていなかったのでしょう。
莫大な額に変貌してしまったのならば、やはりそこは計算しなくてはならないでしょう。
そして実際、その価値があるかどうかを考えましょう。
結論。
そんな価値はないです!(笑)
1コマの授業をノートに書き、その授業に類似する内容の本を1冊買って読めばいいです。
その本1冊の方が内容でも、量でも勝っているでしょう。
新本ではなく、中古本でならばもっと安く買えるので、そのメリットは大きいでしょうね。
ゆえに、本を買って読めばいいのです。
わざわざそれほど意味のない講義に出席していく必要はないのです。
そういう日本人の無批判体制をいいことに、研究らしい研究をしている教授はほとんどいないのではないでしょうか?
いや、研究に研究を重ねていた教授はいたことはいましたが少数派でした。
しかし、その教授の講義が良かったのであれば、その教授の書いた本を読んで読めばいいでしょう。
その素晴らしい教授の書いた本が5冊としましょう。
それが1冊2500円としてそれを5つ揃えたら12500円です。
中古本で入手したらもっと安く買えるのです。
講義は年間でだいたい30回。
それを今の授業料ですと、1コマ3000円としますと90000円という計算です。
ならば本を5冊買った方が断然お得です。
学問の理論を勉強するのは、大学受験で培ったノウハウがあれば充分です。
そのことを認識しましょう。
ゆえに大学に、見合ってないばか高な学費を払って4年間も通い続けることがいかに不条理かを早く発見した方がいいです。
私が敬愛していた故.加藤秀俊は、「主体的に学びたいのであれば、大学に行く必要はない。本を買って読めばよろしい!」と自身の本『独学のすすめ』の中で書いているのです。
私もそれに賛同する立場です。
もちろん、これは文系の大学に限っての話しです。
医者になるなど医療関係の人で、大学卒業の証明がなければ就けない職業に進むと決めている人ならば、私のこういった意見は不問にしていいでしょう。
大学に誰もが行こうとするのは、明治期の名残なのです。
それをも早く気付き、意識から外すべきだろうと思われてならないです。
社会に出て成功したい。
これは大金を稼ぎたいということでしょうか?
ビートたけしほか大学を中退した芸能人たちのほか、いろんな中退したが成功している人の例はあります。
サラリーマンの平均年収は下がっている。
にもかかわらず大学の学費は上がっている。
その学費に見合う内容が大学では講義されていない。
大学卒業の肩書きがなくても大金は稼げる。
こういうことを総合的に考えると、大学は中退すべきか、それでも行きたいならば学費の安い通信制にすべき、ということは言えると思います。
戦後直後に生まれた世代の人たちは戦後復興の経済的な成長のおかげで、同じ会社に30年以上務めれば誰でも年収1000万円稼げるという時代だったのです。
しかし、今やそんな時代ではないのです。
学費払いに辟易している学生な人に言いたいのは、あなたの父や母が昔の世代に比べて能力がないではない、ということです。
昔と違って、アジア、アフリカ、南米、などいろんな中進国が勃興していっている時代だし、戦後直後の時代とは違って、国民全体がほしいモノがない時代なのですし、ほしいものはほぼすべて買いそろえてしまっている時代ゆえに。
困窮しているのであれば、大学に無理矢理行く必要はなく、なりたい道‐公務員、司法書士、司法関係、会計士などは誰でも高卒の資格があれば受けれるのです。
それらの試験のための勉強にお金や時間を使った方が賢明でしょう。
それの方が親御さんたちは喜ぶのではないでしょうか?
●そんな意見に与ししたい人におすすめの電子書籍.ペーパーバックは以下です(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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