科学の存立理由は何か?その際に当為あり、当為なしのどちらが妥当か? (加藤秀俊)
こんにちは。
私は大学に入って、いろんな講義を受けた時に、「大学の勉強こそ誰もが力を入れて取り組まなくてはいけないものだ!」と思ったものです。
それは、大学で学ぶ科学というものは、社会にある問題点をあぶり出して、それをよき方向へ舵取るものだからです。
それゆえに、その問題点をどうしたらいいか?
どのようなことを一般市民はしていくべきか?
という主張をしなくてはいけないでしょうが、そこで学んだ人間の意見が出るためにどのような考え由来なのかを説明しなくてはいけないものです。
そのような思考の内容というものは、なかなか忘れがたいものです。
ただ単に暗記したものに比して。
そういう過程を経た人間を産出することを科学は目指しているのです。
そういう人間が多ければ多いほど社会にとってはいいのです。
私は大学時代に加藤秀俊氏の本を読んで一気に嵌ってしまったのです。
近くにあった中古本屋に行っては、大学の購買会に赴いては、加藤氏の本を探して見つけたら、すぐさま買って読んでしまったのです。
こういう人は稀です。
この人のすごいところは、好奇心が旺盛でありかつ、問題点を探しあてたら、それについて色々調べては、考えを書いて、本に出していたのです。
表向きは社会学者ということになっていますが、それ以外にもいろんな領域に飛び込んでいたので、いろんな分野に長けたマルチな人でした。
1つの業種だけでなく、いろんなことを遂げる多能工的な人でした。
加藤氏(下写真)は好奇心旺盛だったがゆえに、また世間で言われている常識だけに従わないで、とにかくその道については本を1冊読んで、事の真偽を確かめて結論を出す人でした。
世間では、これとこれを食べていることで健康になる、といわれているものだけを食べているだけでなく、自身で調べて、健康にいいこと、いい食べ物やいい飲み物を調べて、実際に食べてのみしていったのだろうことは容易に想像できます。
また巷で健康にいいと言われていものが、本当に健康にいいかどうかも調べて、自身で良いと思われなかったものは摂りいれなかっただろうことは確かでしょう。
ゆえに92歳という高齢まで生きたに違いないのです。
やはり、物事を構造的に明らかにするのが科学の役目であるとするならば、自身の考えを脳内で構築するなりして、外部に出す必要があるでしょう。
やはり考えは必須なのです。
当為も当然語られなくてはいけないでしょう。
しかし、「知の巨星」といわれて、加藤氏と対談集や編著本を何冊も出した盟友であった梅棹忠夫氏は、当為(sollen) は不要であるとしていたのです。
学問はいろんな知識を集めて、自身で分析するなり新しい概念を見つけるなり、自身の脳内で枠組みを作ればいいのであって、ことさら当為を語るべきではない、というのです。
梅棹氏(下写真)の代表作の1つである『文明の生態史観』は当為を語るために書いたのではない、ということです。
その『文明の生態史観』に、私はかなり感銘を受けたものでした。
しかし私は、その意見に全面賛成することはできなかったです。
確かに、そういった作業だけで終了する場合も当然ありますし、所詮、当為を語る必要のない場面も往々にして出くわすこともしばしばります。
しかし、それは極めて少数の場合だけであって、実際は、当為を語らなくてはいけない場面の方が多いでしょう。
ゆえに、当為は基本的には出すべきでしょう。
加藤秀俊氏は、問題点をあぶりだし、それを良きものに変えていくというスタンスでした。
そうすることで、本を読むに際しても、資料を読むにしても、緊張感が途絶えることなく、真摯さが継続していくことでしょう。
しかし、単なる情報集めというのでは緊張感が途絶えて惰性になる…とまではいかずとも、真摯さが薄れていくことは間違いないでしょう。
ゆえに、やはり心持ちとしては当為を探そうという気持ちでいたほうがいいのではないか、と思われてならないのです私は。
確かに闇雲に当為を語ろうと思わず、単なる知的遊戯を脳内で楽しむ、というスタンスも当然あるでしょう。
知的消費ですね。
知的消費で終わらせることでもいいのは言うまでもありません。
思想信条の自由です。
誰もが当為を語らなくてはいけないというのでは、学問自体が詰まらなくなる可能性もあります。
私もそういう当為を語らない本を優雅にコ−ヒーでも飲みながら愉しむことをしています。
しかし、基本は当為を探す、当為を語る、というスタンスがよろしいのではないでしょうか?
当為あり、当為なし、両方のスタンスで愉しめるのですし、その両方の愉しみを感得した人は、やはりどちらにすべきという丁半ではなく、両方を並列にする、というスタンスになってしまうのでしょう。
それでもやはり、メリットが大きいのは、当為あり、というスタンスではないかと思われてならないのです。
どういうスタンスにするか?
当為あり、当為なし、両方を取り入れる、両方を取り入れてもどの配合にするかはその人次第です。
そんなことを考えてしまっているのです私は!
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⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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