お笑い芸人と著作家と経営者には資質において共通点がある? (加藤秀俊)
こんにちは。
これまで取り上げてきた故.加藤秀俊氏ですが、この人は好奇心旺盛で、社会学者でありながら、社会学のみならず、いろんな単語の語源に興味が出たら、それを逐一調べていくスタンスがありました。
加藤氏の本を読んで知ったのですが、東京にある八重洲という町は、日本史に出てくるヤン.ヨーステンという人名からとったのだそうです。
また、芝居という単語ですが、これはああいった劇を芝のあったところで観ていたからこういう名がついたのだそうです。
だからどうしたの?と好奇心のない人はお思いになるでしょうが、そういう逐一興味の赴くまま調べていくと、思わぬところで、自分の専門分野に関係する事柄や理論が発見できたりするのです。
そういうことを自身で発見できた人は、その道で生きていくことを決意するのではないでしょうか?
やはり、自身で何気なく逍遥している時に、そういう発見ができることは非常に楽しいことです。
以前に、メンタリストのDAIGOという人が、自身の動画で、「リーキーアテンションが豊富な人は起業に向いている」ということを話していたことを紹介しました。
1つの事をしている間に、それだけでなく、常に違うことを考えている人をリーキーアテンションがある、ということです。
これは一見、集中力がないように見受けられて、いい加減な人間に見られそうですが、実際は逆で、非常に起業に向いているということです。
起業とは、自身でメニューも、値段も、立地も、支出も、何もかも設定していかなくてはいけないものです。
人に頼ることは、相談するときだけですが、毎日毎日相談しているようでは、起業家は務まりません。
自身で常にアンテナを張って、情報を得ていくスタンスが必須なのです。
それがない人は起業家に向いていないでしょう。
またお笑い芸人も一緒でしょう。
常にネタを作成していかなくてはいけないのですし、そのためには毎回毎回、「ネタを考えよう」などというスタンスでは芸人など務まりません。
よしんば務まっても、一発屋で終わってしまうでしょう。
実際、一度ウケたネタがあっても、それだけで永遠に受けるはずはないのです。
いつまでも同じネタでは観ている方は飽きてしまいます。
ゆえにいつまでも、ネタは豊富になくてはいけないものですが、普段、何げなく生活している時、常にアンテナが伸びている人こそお笑い芸人に向いているのでしょう。
宮城出身のお笑いコンビのサンドウィッチマン(下写真)のコントを観ていると、実にリーキーアテンションが豊富!と感じざるを得ないのです。
コンビの1人である富沢たけし氏(右写真)は、「サラリーマンにはなりたくない!」ということで芸人を目指し、M1グランプリに出場し、優勝し、それから活動を継続し続けて今の地位を得たのです。
このような言葉を実際の生活で使ったら面白いなという言葉をコントに使っているのです。
ビジネスホテルに泊まりに来たお客さんと、ホテルのフロントの人間とのやり取りのコントの場面がありましたが、そこでフロント役の富沢氏が、「朝食は何か」というお客役の伊達氏に向かって「シリアル食べ放題となっておりまして…」といい、その時間が7時から7時2分までということを説明してましたが、こんなホテルがあったら面白いですね。
また、ファーストフード店では、お客さんが1万円を出した時に、レジの人間は「1万円はいりまーす!」と他の店員たちに聞こえるように掛け声をかけます。
1万円は大金ですから、それを店員が着服しないように、掛け声をかけることでそれを防ごうとしているのです。
それをもじって、サンドイッチマンのコントにおいて、7000円いくばくかの会計をするお客さん役の伊達氏が8000円を出した時に、レジ役の富沢氏が「8000円入りまーす!」などと掛け声をかけるシーンを設定していたので笑ってしまいました。
こういうことを実際の社会で言ったら面白いなと思われるものですが、そういうことを実際に言うことはありませんし、言ったら変人と思われるでしょう。
しかし、ことコントで使えば、笑いを誘いますし、そのコントを観に来てくれるお客が大勢いれば、興行収入になりますし、その劇をDVDにして売れば、それもまたお金になるでしょう。
そういうことが永続して出来るし、そういうものの方がサラリーマン生活よりも面白いし、実際に生きがいだと感じたのでしょう。ゆえに、富沢氏は芸人を目指したのでしょう。
30代前半までサラリーマンにはならずに芸人を目指して、ついに優勝し、今のスターダムを歩いているのです。
普段、何げなく生活している時にヒントや情報が目前に現れて、それを自分の生業で使うことに愉しみを覚えている。
そういうのがまさに、自分でネタを作らなくてはいけない芸人であるのです。
こういう性質をもつ人は経営者にも向いているといえるでしょう。
経営者は使命感が自分の精神の全面に出ているのです。
「自分はこういうことをしなければならない」というような気質ですね。
それに、既存の常識に捉われない自由な発想が武器になっているのです。
巷に何気なく転がっている事物や言葉からヒントを得る。
主体的に吸収する能力。
こういうことが敢然と何気なくできる人は経営者に向いているでしょうし、芸人にも向いているでしょう。
それがちょっとしたヒントだけで見切り発車してしまう人は、よしんば経営者になったり、芸人になったりしても、一発屋で終わってしまうでしょう。
こういった要素があると自信のある人は、経営者や芸人を目指すのがいいのではないか、と思われてならないですね。
しかし、常識ないのではだめです。
いらっしゃいませ、ありがとうございました、すみませんでした。
こういう基本ができていないのであれば、経営者や芸人になっても、常識がないのならば務まることはないのです。
反常識的でありながら、変えてはいけない常識は変えてはならないのです。
料理人もそうです。
基本がだめなら料理人として無理です。
反常識でありながら、常識=基本をアレンジしてしまうのはダメなのです。
反常識的でありながら、常識は固守して、常に脳内にアンテナを張って、いろんな人が喜ぶことを探し続けて、それを自分の経営に盛り込むのです。
それが永続していけるというのであれば、経営者やお笑い芸人は務まるでしょう。
また、著作家も同じことが言えるでしょう。
日本が誇る元経済産業省長官だった故.堺屋太一氏(下写真)は、その職務だけでなくいろんな著作を無数に出していましたが、単純な事務仕事が苦手だった、ということです。
いつも、いろんな情報に目が行っているので、常識的なことを不得手だったのでしょう。
しかし、普通のサラリーマンを見下しているわけではないのです。
こういう著作家や経営者、芸人にないものをもっているわけですし、社会の要因として、いつも敢然と仕事をこなしてくれているからこそ、市民が生活していけるのです。
しかし、著作家や経営者、芸人に必須の要素があるのならば、それらを目指すべきでしょうし、ないならばやめた方がいいというだけのことです。
そんなことを考えてしまいました。
●今回の内容に興味を持った人に読んでもらいたい電子書籍.ペーパーバックは以下です(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)。
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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