日本の入試問題の英語の文章は難しくてアメリカ人もわからない? (加藤秀俊)
こんにちは。
日本は非常に高学歴でインテレクチュアルな社会でもあります。
高校生の卒業生のうち、半分が短大含めた大学に進学するのは、世界でもまれです。
国内全体で、学問に勤しむことが何かステイタスのあるような雰囲気を醸し出されているし、その雰囲気に対して何の批判を加えないでいる社会なのです。
それで誰もが無批判になって中学校時代あたりからクラス全体が勉学に勤しむようになるのです。
高校になると、その状態に拍車がかかるのです。
そうなれば、誰もが大学受験に勤しむようになり、大学進学へのハードルが必然的に上がるのです。
すると、英語の長い文章も必然的に難解になるのも必然的です。
しかし、その文章を本家アメリカ人やイギリス人に読ませると、非常に難解でわからないということです。
そんな文章が大学入試問題に使われている、ということです。
それについて、批判するか妥当といって通り過ぎるかは、その人次第です。
必然だから、致し方ないでしょう、というのが私の意見です。
「私の胃はボクサーのように小さい」という文章を英語文に直せ、という問題があるとしましょう。
入試では、My stomach is small like that of boxer.
と書くのが通常でしょう。
しかし、知り合いのアメリカ人に訊くとそんな言い回しは不自然だ。my stomach is like boxer.でいいというのです。
この他、違和感のある入試の英語の文章や構文などの言い回しはたくさんあるでしょう。
しかし、その理由の大部分は入試の激化であって、日本の英語教師が、自分は優れているということを見せびらかすためのものではないことは確かでしょう。
たしかに、そういう教師もいることはいるでしょう。
しかし、そんな教師ばかりによって、こうなってしまったというのは言いすぎでしょう。
しかし、思うのは、そんな激化した入試を勝ち抜いて大学に入ったにもかかわらず、肝心の大学での勉強を疎かにしてしまう学生が半数以上いることです。
大学での教員を30年以上務めた故.加藤秀俊氏(下写真)が曰く「大学生できちんと勉強しているのは全体の2割くらい。その他の人たちは麻雀に明け暮れている」ということです。
麻雀とは古めかしい娯楽で、苦笑を禁じ得なかったですが、その数に今も昔もそんな変動があるとは思えないです。
大学での勉強こそ、誰もが一番真剣に打ち込んでいかなくてはいけない性質のものだと思うのです私は。
大学で学ぶ学問は社会にある問題点をよき方向に向かわせるようにするためにあるのであって、市民がそれらを学び、日々行動することによって、良き社会を目指せるものであって、そういう人間が多ければ多いほどいいのは言うまでもないことです。
それを理解するための基礎的な知識として必須なのが、大学受験で培って脳内に入れてきた知識であり、その学問を理解するために読む本の読解のために現代文であり、その学問の英語版を理解するための英文読解なのです。
ゆえにそれらが入試で課されるのです。
その基礎の段階で満足して、入学と同時に遊んでしまう。
非常にもったいないことであるのですが、学問だけが世の中に大事なことではないので、そこは譲歩しなければいけないとは思うのですが…なんか空しいですね(笑)
確かに産業社会の要請で、いろんな物事や事物を即座に暗記していく、ということが何よりも求められるわけで今もそのことに違いはないでしょう。
しかし、問題点をよきものに変えていくことの重要性も、今でも重要なのは間違いないでしょう。
それへのバイアスを掛けるようになって欲しい、という思いから私は、そこを強調したいのです。
その良きものへ変えていくこと=創造力ということですが、それへのバイアスをもっとかけてほしいということです。
大学での勉強がどのように大事かはいずれ本に書いて上梓したいとは思いますが、ここでは触りだけにしておきましょう。
確かに大学受験で培った能力=速く物事を暗記し、筆記していく能力だけでいいということもあるでしょう。
そういう人たちによって、今の産業社会において自分が生活していけるのであって、しかも自分はできないことだらけで、それを敢然とこなしていく人たちがいることは確かです。
しかし、大学での学費は高いですし、文系大学の1時間半の1コマの講義はいまや3000円以上するのです。
その元を取ろうという気概が欲しいのも確かですし(笑)、良き社会を目指すには一人や二人だけでは足りないからということもあるのです。
その構造を捉えて、自分が何をしていくべきか?
大学で何を学び、それをどう生かすかを考えるきっかけになってくれればとは思いが募るばかりです。
アメリカ人も読んで意味不明な入試の英語問題を勝ち抜いてきたのだから、その能力を生かすこともしてみればどうか?
そんなことを考えてしまうのです。
●今回の内容について興味の出た方には、以下の電子書籍.ペーパーバックをお勧めします!(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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