目的意識を持って生活していかないと、重要な情報や発想は逃げてしまう?それでも大学教授は態度を改めない!(笑) (加藤秀俊)
こんにちは。
大学は、何かと賛否両論の出る場所です。
かなりいい加減な学生や、教授が多いということです。
そのことは、何となく気付いていましたが、私が敬愛していた故.加藤秀俊氏(下写真)も本の中で書いてあるのを見て、確信に変わりました。
やはりかなりいい加減な場所なんだなということです。
日本中に名をはせている教授もいるのに反し、授業もいい加減で、研究らしい研究をしないで35年間の教授生活を全うするだけで終わってしまう例もあります。
いな、後者の方が圧倒的に多いのではないでしょうか?
教授の人は1週間で5つくらいでしょうか、受け持つ授業は?
その間に、何をしようが自由なわけです。
その空いた時間で何をしようとするかは、完全に裁量に任せられているのです。
研究に没頭するもよし、ボケっとしているのもよし(笑)、ぼ〜っとしているのもよし(笑)、旅行に行くのもよし(笑)、と何かと自由なのです。
もしも、高校の先生や予備校の先生が、こんな態度であったら、即座にクビでしょう。
しかし、そんな教授の生活態度を審査することなく、学生の親御さんたちは、卒業させたいがゆえに、大金を払って大学に行かせるのです。
ゆえに、研究らしい研究もせずに、毎年毎年、同じ講義ノートを読んでいるだけというパターンも多く散見するのです。
まさに大学教授のいる大学は職業天国なのです。
そんないい加減な態度に多くの学生が怒って、大学を辞めれば事態は変わるのが必至ですが、実際は審査することなく、いい加減な態度でも、何とか卒業しようとするのです。
ゆえに、いくら大学改革が叫ばれても、事態は一向に改善しないのです。
大学教授になった人たちは、若いころ誰もが有名な学者に憧れを抱いていたはずです。
ウェーバー、ヤスパース、ヴェブレン、スミス、ユング、我妻栄、大塚久雄、中山伊知郎…Etc
こういった後世に名を遺す学者たちですね。
しかし、さしたる研究もすることなく、漫然と講義をおこなっていれば、大金がもらえるわけですから、研究をしようなどというインセンティブが働くわけはないのです。
すると怠惰になる。
研究らしい研究もせず、論文も大学から課された論文しか書かない、本も出さないという悪循環に陥ってしまうのです。
確かに、こういった例だけではありません。
研究する教授は研究しまくって、論文はもちろん、本も多く出します。
知的生産の方法論で有名な渡部昇一にしろ、外山滋比古(下写真)にしろかなりの数の本をだしているのです。
前者は213冊、後者は140冊も出しているのです。
共著や対談集を含めたら、両者ともかなりの数にのぼるのです。
まさしく、研究するために世に生を受けたような人たちですね。
それは、論文や本を書こうと思っても、常日頃から、どんな場面でもアンテナを張っていないといけない性質のようですね。
自分の専門分野以外の学びの場面でも、外に出ている時も、娯楽をしている時も自然とアンテナが張れている人でなければ難しいでしょうか?
論文や本を書こうという意思がなければ、何となく他の専門の本を読んでいても、漫然と通り過ぎてしまうのです。
時間が無駄になって終わりです。
どんな場面でも、鉛筆なり、ペンなりをもって、小さなノートも提携していないと、みすみす逃してしまうことになるのは必至です。
外山滋比古氏は、いつもポケットにノートとペンを携えていたようです。
散歩している時にもいきなり発想が湧いて出てきたり、論文や本を書くのに必要な情報が得られたりするのですから、こういう習慣づけが大事なようです。
その積み重ねが、のちの偉業につながったのでしょう。
論文や本を書こうという目的意識を持っていれば、毎日が真剣になるはずです。
緊張感が途絶えないままなのです。
目的意識をもっていれば普通に生活している時にも、他の専門に関する本を読んでいる時も、情報がやってきたり、発想が出てきたりするものです。
昨今のビニールのごみ袋は2020年の7月から有料化されましたが、私はそれから一度も有料のレジ袋を買ったことはないです。
それ以前もそうでしたが(笑)
無料で済ませられるのに、わざわざお金を払うのはばかばかしいと思ってしまう体質なので、何とか無料ですまそうとして、野外に出ている時に、誰かが落とした新しいレジ袋が落ちていた時に、すぐさま拾って家に置いておきます。
それごみ袋にしてしまうのです(笑)
スーパーやコンビニで買物をするときも、大きなカバンを携えていくのです。
買い物をした時に、それに入れてくればいいのです。
そうすれば、余計なことにお金を使わずに済むのです。
それと一緒でしょう。
情報や発想が大事な学者は、いつも目的意識を持っているので、いろんなところでペンを携えて、良き情報が飛び込んできたら書き、発想を思いついたら書いておくのです。
そういうことは非常に楽しいものであるはずですが、いつしかそういう楽しさが味わえないまま終わってしまうのです。
自分の専門だけに閉じこもり、その中だけで事を逢着させて終わり。
そんなアティチュードでも、大金がもらえるから、それを改めようともしない…哀しいですね。
しかし、そういう人をよそに、研究しまくる人は研究しまくるのです。
そういう相反する人を生みだしてしまうのが大学なのです(笑)
エジプト考古学者の吉村作治氏は『それでも大学に行くのか?』という表題の本をかなり前に出しました。
これはいかに日本の大学生の質が低いかをあげつらって書いた本ですが、私は、こういう教授たちの惨状を嘆いて、同じように言葉を投げかけたいです。
「それでも大学に行くのか?」と(笑)。
●今回の内容に興味を持った人におすすめなのが以下の電子書籍.ペーパーバックになります。(※ペーパーバックとは、注文が入ったらソフトカバーで印刷をして購入者の家に届けるシステム本のことです)
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する
今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。

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