聖徳太子が出てきた夢のお告げによってその地が好転した。親鸞も? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
どうも、聖徳太子という人物は仏教界では、仏教公布の最大の功労者としてカリスマ的な人物と崇められて、それにかなうように、いろんな説話があり、それにちなんで今も語られる仏教名所があるのです。
それは私が知っているだけでも2個あります。
まずは奈良県の久米寺(現在の奈良県橿原市)です。
聖徳太子の弟の来目皇子が幼少の頃眼病を患い両目を失明しましたが、聖徳太子のお告げによりこの久米寺の薬師如来に祈願したところ平癒したと言われているのです。
その薬師如来は今も久米寺(下写真)に祀られているのです。
そして、文禄4年(1595年)に、その久米寺から聖徳太子像と十一面観音像を背負って布教のため関東地方に訪れていた賢恵和尚が当地で一泊した際、夢に現れた聖徳太子が現れて「この地に霊地あり、円泉ヶ丘という。恒に霊泉湧き出ず。永くこれに安住せん。汝もともにとどまるべし」と告げられたといわれているのです。
これにより賢恵和尚は、翌年には本堂、聖徳太子堂、庫裡を完成させて手厚く祀りました。
それ以後この地は栄えたので、村の名を太子にちなんで太子堂と名付けたのです。
これが太子堂という地名の由来です。
私が住む東京の世田谷にある太子堂という地名は何となく興味関心もないまま通り過ぎていましたが、仏教について勉強していくうちに、聖徳太子の「太子」という文字が心に引っかかって、調べてみたところ、こういう由来があって驚きました。
以下が、その太子堂です。
しかし、その聖徳太子の霊言は、仏教を信奉する人にはうれしいことかもしれません。
それはないかもしれません…というのは、今はいろんな宗派に林立してしまって、聖徳太子を祀る宗派であれば、それで嬉しくとも、違う派ではそんなことはないかもしれません。
しかし、日本仏教成立の遠い昔に遡ってみれば、聖徳太子の偉業というものは瞠目すべき事実でしょう。
よく、日蓮正宗の信徒団体だった創価学会や顕正会といった団体の信者の人にその話をしても、あまり喜ばないのです(苦笑)。
やはり、これらの団体で一番の崇める対象は日蓮大聖人であって、その他の人は関係ないといった感じです。
しかし、その日蓮の日本全国的な遊学の対象は、聖徳太子もその1つだったのです。
日蓮が、大阪の聖徳太子創建とされた日本最古の官寺である四天王寺に遊学した結果、聖徳太子が制定されたとされる憲法十七条の2条の「篤く三宝を敬え。三宝とは仏、法、僧なり。」という文言を貸借し、その御書に、「僧の恩をいはば仏法、法宝は必ず僧によりて住す。譬えば薪なければ火無く、大地なければ草木生ずべからず。仏法ありといえども、僧ありて、習い伝えずんば、伝わるべからず。乃至、然れば、僧の恩を報じ難し。されば、三宝の恩を報じ給うべし」
としたためたのです。
それゆえに、その日蓮大聖人様が、借用しようとするほどの威厳が、聖徳太子(下写真)にあったということでしょう。

それのみか、実際に他の和尚の夢に出てきて、その人にお告げをして、その地を栄えさせたというのですから、その威厳は実力を持っていたということです。
これは、やはり聖徳太子が神や仏の真の力を得ていた人物ということが言えると思います。
そういうお告げを受けたのがほかならぬ、親鸞もだったのです。
浄土真宗の開祖といわれている親鸞です。
「いわれている」というのはうやむやな表現ですが、親鸞本人は開宗するつもりはなかったので、こういう表現を用いたのです。
親鸞は、ただ師である法然の教えを弘めるべく、それに日々、苦心惨憺の行動をおこなっていたら、信者が大勢出来て、その親鸞の教えを信奉する宗教にすべく明治時代に、浄土真宗という名称にしたようです。
この時代から宗派を決めなければ、寺院としては認可されなかったからのようです。
法然と親鸞では、親鸞が自身で得た知識や考えも盛り込んで布教したゆえに、法然とは若干異なっていったのは自然であり、必然だったでしょう。
ゆえに法然の浄土宗ではなく、浄土真宗という名に変えたのは頷けます。

最初に聖徳太子を引き合いに出したのは、いろんな仏教の礎が太子にもあるからということもありますし、その他、いろんな人や媒体を通じて、形成されたがゆえに、決して1つの教えだけに拠るべからず、という教えを支持したいからでもあります。
勿論、私も例外ではないのです。
色んな人に触れ、いろんな書物や情報によって自分を形成することが出来たのは言うまでもないことです。
そういう広がりのある教えを持っているのがほかならぬ浄土真宗なのです。
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⇒親鸞を貫くユダヤ.キリスト性
これにて終了します。
ありがとうございました。

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