親鸞はすでに古代において日本に伝わっていた基督の教えを学んで悪人正機説を創設した? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
自分だけが周りの人間と違うことをするのは、古今東西、難事であることは共通のようです。
周りの人間と違うことをするだけで、変人のような、屁理屈じみた人間というレッテルが張られて、精神的に苦労してしまう…。
しかし、それを継続していくうちに、その行為が波風たてないで民衆に認知されると、その行為が実は素晴らしい行為だったと認められていくのです。
親鸞は隠遁生活を送るのではなく、民衆の中に入って布教していったのです。
それが端緒になって、親鸞の教えを受持する団体が真宗王国とまで言われるようになったのはもとより、今、浄土真宗の信徒は日本で一番多い宗教信徒なのです。
鎌倉時代の仏教界では、鎮護国家のためにお祈りをして、死者を弔えば、それだけで僧侶は生活していけたのです。
しかし、当時は、戦乱の世でもありましたし、それまでの人間の観念だけでは到底、収支のつかない時代の変遷の真っただ中だったのです。

人を殺してはならない、生物を殺してはならない…これは古代仏教からの教えだったのです。
しかし、ひとたび魚が食べれるという概念が人類に流布されてしまえば、それを食しないわけにはいかなかったでしょう。
しかも、戦乱の世で、民衆は相手を殺さなくてはならない、そうでなければ生活していけない事態になってしまったのでした。
古代仏教では禁忌とされていた行為をしなくては、生活していけない。
そこで、親鸞は、こういう行為を行わなければいけない民衆のために、阿弥陀仏に縋れば救われる、という浄土の法を説いたのです。
生物を殺さなくてはいけない悪人、人間を殺さなくてはいけない悪人…親鸞はそういうように民衆を認識したのです。
でもこういった人たちでも救われると説いたのです。
これが親鸞の説いた悪人正機説の主だった認識だったのです。
誰もがはじめはこれを聞けば「悪人でも救われる…何たる怪しからん法だ!」と憤っただろうと思います。
こういう誤解を招くがゆえに、信徒たちには、悪人正機説を説くなと親鸞(下写真)はいったのだそうです。

しかし、自分の法を学びたい人には進んで説いたということです。
また親鸞は、他の宗教の媒体からも人を得て、この悪人正機説を展開したのです。
「誰もが罪を犯している」「義人はこの世にひとりもいない」…何となく聴いたことはないでしょうか?
そうです、キリストの聖書です。
それはすでに、6世紀の昔に日本に渡ってきていたのです。
それを親鸞も読んでいたのが明らかになっているのです。
それは西本願寺に今も眠る『世尊布施論』(下写真)という名の聖書が親鸞が読んだとして保管されているのです。

それが、元になったのは言うまでもないのです。
日本史の教科書では1495年のスペイン、イエズス会の宣教師.フランシスコ.ザビエルが日本に来たのがキリスト伝来の始まり、ということになっていますが実際はこれは誤りなのです。
しかし、古代においてキリスト教が日本に伝わり、それが仏教の開祖の支柱になっていた、というのは驚きですね。
いま、そのキリストの教えを元にして、新たな宗派を作ろうと努力しても無理でしょう。
巷には、いろんな本がありますし、いろんな人がいろんな宗教に帰依している。
やはり、宗教の広まりは陣取り合戦の様相を呈しており、早ければ早いほどその教えが入り込む余地が大きいということです。
こういった事象は、歴史を垣間見ると面白いですね!
●そんな内容を俯瞰できる電子書籍.ペ−パーバックをお探しの人には以下のものがお勧めです!(※ペーパバックとは、注文が入った後に、印刷.製本されて発注者のお家に配達されるシステム本の事です!)
⇒親鸞を貫くユダヤ.キリスト性
今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

親鸞とユダヤ.キリスト ホーム
コメントを書く... Comments