意外なる名だたる商売人が浄土真宗の信者だった?その思想の根源はどこから? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
これまでいろんな宗教を垣間見てきましたが、どの開祖にも共通していることは、いろんな書物を読みふけってきて、それでかつ開祖になっても、いろんな書物を読み続け前進し続けていたということですね。
そういう人間でこそ、従事していくに値するというものです。
昔読んで勉強していたからとて、それで辞めてしまうような人には従事していく価値はないでしょう。
こと浄土真宗を研究していくと、その開祖といわれる親鸞は、ただ師.法然の教えを衆生に説くことを使命感に、布教していったのですが、それだけでも足りず、いろんな書物を読みつづけて自分の哲学の足しにしていったのが分かります。
それゆえに、法然の亜流ではなかったのです。
亜流であるならば、こと私ならばそんな研究に値するとは思われないので、単なる付けたし程度で終わってしまったでしょう。
浄土真宗を研究して興味深いのは、この宗教団体こそが日本で一番信者が多い、ということです。
それのみか、日本史上に名を残す商売人が、この団体の信者だったということです。
伊藤忠兵衛(下写真)、松下幸之助、高須克弥といった名だたる商売人がこの団体の信者だったのです。

これには驚きでしょう?
この団体の商売の基礎は自利利他です。
要するに、売りて良し、買い手良し、世間良しが基本となっているのです。
商売というとどうしても、自分の利益だけを最大限にしているような印象を与えますが、ことそれが王道ではないですし、その三方良しが基本になくてはならないのです。
しかし、その三方良しは、親鸞がいきなり思いついたことではないのです。
中国浄土教の曇鸞という僧が書いた書物を研究していくうちにヒントを得て、それを自身の教義に盛り込んだのです。
そこで「借りものじゃないか!」といって批判する気にはならないのです。
思想形成とはそういうものだからです、こと私も。
親鸞の言辞を見て興味深くなるのは、やはりその中国浄土教以外からも影響を受けているのがわかるのです。
親鸞曰く「私は罪深い愚かな人間で無限の時間の中をさまよい続けてきた。助かる縁はなく、これからもずっと迷いから離れることが出来ない身であることを知りなさい」ということです。
基督教に造詣のある人が読んだら、思わず「キリストの原罪?」と思われるに十分な内容です。
その通りなのです。
既に日本には7世紀には基督の教えは入っていて、それが日本の政府のブレーンたちにも影響を与えていたのです。

もちろん西洋を彷彿とさせるものではなく、土着色の色彩を放った基督教です。
詳しくは、ネストリウス派に改宗したユダヤ人による日本への流入なのです。
その詳しい内容については以下に掲げてある電子書籍.ペーパーバックを読むことをお勧めします。
その聖書は当時『世尊布施論』という名称ですが、それを親鸞が読んでいたとして浄土真宗の西本願寺に今も保管されているのです。
それもまた親鸞の思想形成に一躍役立ったことは間違いないのです。
人間はみな悪人、義人はこの世に一人もいない…こういった文言はいまのキリスト教の聖書にも書いてあることです。
それが親鸞で有名な悪人正機説に繋がっているのですから興味深いでしょう。
また親鸞曰く「他人のことではなく、あくまで自分が悪人なのだ、その自覚こそが仏性の顕現。」ということですが、当時の仏教界では間違いなく前衛だったのです。
親鸞は新しい言葉は使わず師である法然からもらった言葉に新しい意味を吹き込んで、阿弥陀仏の教えを革新的に展開させていった、と親鸞研究の書物には書かれていますが、実際はいろんな造語があるので、これは間違いでしょう(笑)。
しかし、いろんな書物を読んで革新性を目指すものであったのは、日蓮宗あるいは日蓮正宗の開祖である日蓮(下写真)と一緒なのがわかるでしょう。

親鸞や日蓮の在世の時代は、紙も全然なく、一般庶民に「自分で学べ」といって突き放すことはできなかったのです。
ゆえに仏教思想を吹き込むには、自ら赴いていかなくては、という使命感のもと布教していかなくてはならなかったのです。
だから日蓮は「私の言ったことだけを遵守していけばいい」といったのでしょう。
しかし、今は紙などは吐き捨てるほどあり、本も同様に吐き捨てるほどある。
そんな時代において、「この宗教だけ勉強していけばいい」というのでは誰も説得できないでしょう。
これだけ大きくなった宗教団体ゆえに、それなりに学ぶところは大いにあるけれども、それだけでは足りないでしょう。
そうこうしているうちにも人類の観念はどんどんと堆積していくのですから。
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⇒親鸞を貫くユダヤ.キリスト性
今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

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