宗教的な効用は…思想が広く一気に広宣する。良質な思想なら猶の事よろしい? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
哲学者ニーチェは、神は存在しないとしたその論拠を非常に細かく構造的に明らかにしたのです。
その内容たるや非常に明確で、説得力に富むもので、神は死んだとされたのです。
興味出た人は、ニーチェ(下写真)の本を読むのがいいでしょう。
そんな神なき時代において、宗教なしで現代社会において生きていけるのは超人だけであるとしたのです。
その言葉を読んだ時に私は驚きました。
特定の宗教に入っていない私は超人なのか…と(笑)
その是非はともかくとして、それだけ人間というものは、神仏といった支えがない事には精神性が満たされない存在であるということでしょう。
特定の神様仏様には依存しないものの、そういった存在は信じますし、それゆえにそれに対する感情を持つことで明鏡止水の心を持つことができるのですし、自然や人を大事にしようとする気概が生まれるのでしょう。
これまでの人類の歴史を俯瞰すると、以下のことがわかります。
科学から倫理や価値を導きだすのではなく、価値、倫理があって科学につながるのであるということです。
その価値や倫理を導き出すのはあくまでも人間ですが、その科学精神を生み出すための道しるべを見いだす導きをしてくれているのが神や仏なのではないかと。
それはあくまでも私の考えたことであって、どれだけの人がその論に依拠してくれるかはわかりません。
これはいいと思ってくれたらそれはそれでいいですし、そんなのだめだというのならば、それはそれで致し方ないでしょう(笑)
いくら科学が発達しても、人間は誰だって1人ではいきれないのですし、他人に依存しなくては生きていけないのです。
それに肯定感がなくても人間は生きていけないのです。
自己肯定は、他者とのつながりの中で生まれるのは明白でしょう。
それがない人は、やはり社会に出て途中で挫折してしまうしょうがない存在に成り下がってしまうのです。
それを考えると、宗教は人間にとって必須でしょうか。
宗教に入ると気付きますが、それはそれは宗教者は肯定的な人が多いのですから、自分に自信が持てるようになることは間違いないのです。
しかし、それだけではいけません。
必ずしも宗教に入ったからといって万般の肯定感を受けることは保証のしようがないのです。
人の精神状態は千差万別、その精神状態で万全かどうかは自身で検証していかなくてはいけません。
その結果足りないものがあるのであれば、どのようにしたら万般になれるのかを勉強していって、そこで得たことを生活で実践していかなくてはなりません。
どこから勉強すべきか?
やはり科学的な本です。
こうなると、科学を万般のものと措定せず、宗教をも万般のものに措定せず、どっちなのだ?と憤る人が出るかもしれませんが(笑)、その場その場で手段は変えなくてはいけないのです。
それがこれまでの研究結果の結論なのです。
科学だけでも人生解決できないし、宗教だけでも解決できないのです。
その場その場でその手段を変えなくてはいけないようです。
いろんなものへの感謝…これは浄土真宗に通じる精神なのです。
買い手良し、売り手良し、世間良しの精神が尊ばれて、これを基本モラルにした浄土真宗信者の商人が隆盛を極めたことが記されています以下の電子書籍.ペーパーバックです。
これは非常に興味深かったです。
自利利他…これは、人を利することで自分を利することができる、ということです。
こと商売になると自分や自分の会社だけがもうかることを考えがちですが、その精神では商売は上手くいかないのです。
やはり自利利他の精神のある人でなければ。
その精神を学んだ親鸞が、その内容を自分の門下に説いたのです。
ではどこから学んだか?
それは中国浄土教からです。
ここで宗教的な効用がわかります。
単に書物であれば、その書物に興味が出た人しか読まず、そんなにその効用を多くの人に広めることは叶いませんが、宗教であれば、その宗教内で発刊されている新聞なり冊子なりに、その効用を説かれているのを信者が読めば誰もがそれに従うのです。
その爆発力は半端ないのです。
そこはやはり認識しなくてはならないでしょう。
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⇒親鸞を貫くユダヤ.キリスト性
今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

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