浄土真宗信徒に話しを聞くと「阿弥陀仏こそが最高の救済!」と思うが実際は? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
近代以降、ヨーロッパでは、知は力なりという、知が社会を変えられるという認識があったのです。
これが啓蒙思想の発端ですね。
こういう啓蒙思想の恩恵が今の私たちにはあることを忘れてはならないでしょう。
人間の可能性を引き出してくれたのですね。
それが科学の発展にもつながったのです。
それが効率化という言葉で集約されます。
それによって、人間の内なる可能性もさることながら、娯楽や便利な生活や趣向の範囲を広げてくれたのです。
その恩恵を忘れてはならないでしょう。
しかし、人間社会の常として、現状には全部与することができなくて、それに批判を投げかける人が出てきてしまうのですね。
それが良いとも悪いとも私にはわかりません。
各自で考えてもらいたいです。
啓蒙思想が最善のものであった…それが本当にそうだろうかという問いが投げかけられているのです。
「解答なければ試験もない。それに慣れすぎている。今の時代、何のために生きているか?人生に意味があるのかは、無駄な問いになっている。
根源的な問いは失われ、ソリューションを求めて、突き進んできた果てに、臨界点に達して、茫然自失としている時代になった。今の教育は、教養全般を身に着けるのではなく、個々の問にどれだけ効率的に解答できるかに腐心している。
自分の力でいつでも善をなしうると思っている人は一心に本願をたのむこころが欠けているのだから、弥陀の本願に沿うものではない。」
とはエッセイストである田口ランディ氏(下写真)の言葉ですが、講演集である『親鸞 今を生きる』という本の中で語っているのです。
意味もなく突っ走ってきた結果、それに何の意味があったのだろうかという問いかけが自身のうちから出てきたのでしょう。
それを親鸞のいう阿弥陀仏にすべて縋ることによって心底救われたという経験談がもとになって、こういうモラルを形成することになったのでしょう。
その『親鸞 今を生きる』という表題からして、親鸞の思想が今でも現代人の心を捉えているということで付けたのは間違いはないでしょう。
そのような善人も自力の心を妄念であると気づいて本願力にすべてを任せることが出来るならば、阿弥陀如来の真実の世界へ生まれることが出来るのである、ということです。
こういう文章を読むといかなる時代においても、宗教は人の心を捉える力があるのがわかります。
「自らの煩悩(欲望、不安、後悔など)に振り回されている私たちは、どれほど人間的に努力を尽くしてみても、そうした苦しみの生活から根本的に開放されることはない。このような私たちを深く悲しまれて、本願を起こしてくださったのである。その本願の心はそのような悪人(自分の罪と愚かさを自覚し、自分では助からないとわかった人)をこそ、真に開放してくださるのである。
だから、他力にすべてをお任せする悪人の自覚こそ真実の自己になれるのであれば、尚更、悪人はいうまでもないことである。」とは親鸞(下写真)の言葉ですが、親鸞の生きた時代の人々と現代人と共通して精神の救済がかなったということで、親鸞の思想は時代を超えたカリスマ性を帯びているということは確かでしょう。

こういう救済理論に興味を持った人は、親鸞や浄土真宗について書いた本を読んでみることをお勧めしますし、それでも興味止みがたいという思いに駆られたら、真宗教徒になるのもありかなとは思います。
この『親鸞 今を生きる』には、田口氏以外にも、4人の講演の模様が載せられていますが、それでも必ずしも誰しも浄土真宗信徒になったり、親鸞思想に感動するかどうかは保証のしようがないのです。
価値観は千差万別ですし、感性も千差万別です。
ある程度興味関心がわくのか、かなりの程度関心がわくかは人それぞれです。
どのような立場になってもよろしいかと思われます。
信徒になったから幸せになり、ならなければ幸せにはなれない、といった暴論はないでしょう。
しかし、どのような立ち場をとろうと自由であり、その選択した結果招来した結果はすべて自己責任であるということです。
私は、浄土真宗の偉大さには敬服するものの、それだけでいいはずと思ってはいないので、信徒にはならずに浄土真宗については勉学するも、その他生活や人生において必要と思われるものに関しては積極的に学んでいく、というスタンスを貫きたいと思ってます。
いくら時代を超えて人を魅了し精神の救済がかなったかは、このページに書かれていることで明らかですが、それがかなうのは浄土真宗だけではないですし、その他いろんな方途があるのは明らかですので。
そんなスタンスを貫きたいと思っています。
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今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

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