見栄や見返りを求めずに布教していったから親鸞は90歳まで長生きした? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
宗教というものを研究していくと、宗祖たちの行動は変わり者的なニュアンスが強く感じれるのは私だけではないでしょう。
というか完全に変わり者ですね。
いい意味で。
鎌倉時代の僧侶たちは、仏教の勉学を重ねることはもちろんですが、経をあげて、死者を弔うことで生計を得れたのです。
もちろん金銭は介在せずに、野菜や果物といった穀物を得れて、それで生活していけたのです。
しかし、こと親鸞(下写真)は、それだけでは飽き足らず衆生の中に入っていって、念仏経について説いていったのです。

そのモチベーションは、師であった法然の説いた仏法をただ世の中に広めたい、という純粋な思いがあってのことだったのです。
それに対する褒美はまるで期待していなかった…タイムマシーンがないので、当時の世に行って確認することはできないですがその見返りは農民からはあったことでしょう。
それをもらったことも多々あったでしょうが基本的には、無償でしていたことは間違いないでしょう。
これはまさにボランティア精神でしょう。
金銭や見返りは期待しないで無償で何かしらの与える行為をする、ということです。
浄土真宗の大谷派の講師である本田弘之氏の言葉に以下のものがあります。
「宗教の宗教性は、超越者へ集中する。超越者と人間との関係は信仰という行為に集約される」
本多氏(下写真)の本を読んだことがありますが、結構難解で読みにくい場面がありますが(笑)、ここでは理解ができます。

ボランティア精神によって積み重ねられた行為や、勉学に勉学を重ねていた人の脳内の思考法は、年月を重ねるとすさまじいばかりの効果を発揮して、無数と呼ばれるほど多くの人を魅了して引き込んでしまう。
その結果、超越者といわんばかりのオーラに包まれることになるようです。
まさに神懸かった状態になるのです。
さしたる努力もせずに、神や仏の寄与に預かろうというのは、虫が良いということになるのです。
まさに親鸞は超越者になり、その人の説いた内容を信仰していきたくなるような魅力を備えていたがゆえに宗教団体になったという結果に逢着したようです。
先にも触れたように、法然の教えを世間に知らしめたいと思って布教していった親鸞でしたが、あまりのカリスマ性によって別の宗教団体にまで成長するようになったのでした。

人の教えを広めるといっても、しゃべる行為、書く行為によってその主体の人の脚色が加わってしまい、元の法然の浄土宗と全く同じいでたちということにはならなかったので別団体ということになったようですが、それが自然というものでしょう。
明治時代になって、親鸞の宗教名は浄土真宗ということになったのでした。
「人事を尽くすということは、なぜこんなことが、自分に降りかかってくるのかということが起きた時に、一生懸命に全力でそれに対処するということです。」
これも先の本田弘之氏の言葉ですが、親鸞も布教の際に反対する団体に阻まれ迫害された歴史を持っているのです。
それにもめげずに、布教していったからこそ親鸞の開宗者としての資質は本物といわざるを得ないですね。
本多氏は続けて「その時に、必要なのが、天命に甘んずるという考え方。自分の分別や力だけで、これをやったら得だろうか、損だろうか、これをやったら人がどう考えるか、そういうことを考えると全力を尽くすことが出来ない。」ともしたためています。
しかし、楽しいと思えることを仕事にしないと、いずれ疲れ果ててしまうのは目に見えています(笑)

普通の職場でも、ボランティア精神は大事ですが、何から何までボランティア精神では身も心も持ちません。
当然、金銭も(笑)
それゆえに、ボランティア行為はまずは小さなことから始めるのがいいでしょう。
それでも楽しいと自然と思えるならば、その行為を徐々に大幅にしていくのがいいでしょう。
もちろん、時間やお金が許す限りで(笑)
そういう金銭を当てにしないで敢然と行為をしている姿をさらすことで人から信頼を受け、そして運もその人に回ってくると聞きました。
しかも、人や世間に対して自然と無償でしてしまう行為は、身体の細胞を活性化さすことになるがゆえに、長生きする傾向にあるようです。
事実、親鸞は当時の平均年齢の30歳よりも大幅に長生きし90歳まで生きたのです。
やはりこれはボランティア精神のたまものであり、いやいややっていた、あるいは見栄えのためにしていたというのでは精神も体も疲弊して、とても長生きなどできなかったことは間違いないです。
親鸞の写真を見ると一見気難しそうな印象を与えますが、実際は世のため人のために、しかも見返りを求めない行為を死ぬまで続けた心優しい人だったようです。
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今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

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