浄土真宗の教えの根幹には共感する。しかし、この宗教団体だけを支持することはできない。何故? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
宗教においては、人との親和な関係性を強調することが、どの団体でも行われています。
こと、今私が注目している浄土真宗においてもです。
浄土真宗大谷派の講師である本多弘之氏(下写真)が、浄土真宗の特長を講演で話した時に、「因縁という言葉は、自分の存在を成り立たせているのは、自然では大地、空気、水、こうしたあらゆる条件が与えられて初めて自分があるということになる。ゆえに自分が勝手に一人で生きているというのは妄念であり、間違った考えである。」と話している箇所がありますが、まさにこういう思想は共感すべきものでありました私にとって。

こういうモラルが浄土真宗を開いた親鸞の思想の根幹に当たるものであり、かなり痛感するものでした。
いろんな人たちが仕事に打ち込み、それらをこなしているからこそ、現代社会で生きていけるのがわかります。
それは中世でも一緒でしょう。
私は、これまでいろんな仕事としてきましたが、自分には到底できないものが多く、いくらしていっても上達などできないとみなし、辞職したものもいくつもありました。
しかし、そういうものでも敢然とこなしていける人たちが無数にいる。
ゆえに、自分が社会で生きていける、ということが実感としてわかった瞬間でした。
そういう経験があるからこそ、人を単なる外見や好みだけで判断して、話さない、関わらないといったことは完全にNGとしているのです私は。
こういうことを平然としている人は、世の中にはたくさんいますが私には全然信じれないことでした(笑)
こういうことを戒めた思想が、その教団内で講義されると、どの信徒も感動して、その教えを精神内に携えて、それを現実生活で生かすなり、行動するなりするのです。
こういう教団内での思想の広まりは早いもので、ひとたび流布されれば、一気に広い面積で広まるのです。
その効用は侮れません!

しかし、こういう思想は、主体的にいろんなジャンルの本を自ら読んでいれば出くわすものです。
ゆえに、浄土真宗で説かれている文章を読まなくても学び、そして現実生活でも生かすことも、行動することも出来るのです。
ゆえに、わざわざ浄土真宗の講義に出かけなくても学べるし、もちろん他の宗教の講義に行かずとも学べるのです。
いまや世の中には、かなりの数の本があり、しかも古本であればかなり廉価で入手できるのです。
1冊で100円とかでもです。
こういう近世以降の信じれないほどの本の普及によって、宗教の立場が、江戸時代や明治時代や昭和初期などに比べてかなりの変動をしているのは間違いないです。
こういう面も、私が1つの宗教だけに拘泥しない理由であり、現代人が宗教から遠ざかる理由でもあるのでしょう。
しかし、1人1人の読書による思想の広まりの早さは、宗教に比べてかなり遅いのは言うまでもないです。
ゆえに自分の立場を否定的に捉えなくてはならないのは言うまでもないですが、私は立場を変えることはなないでしょう(笑)
しかし、そうはいっても神仏は尊びますが、こと1つだけの宗教団体に拘泥するということはないというだけのことなのです。
どの神も仏も平等に捉えて等閑視していく立場は崩したくないです。
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今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

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