あのマックス.ウェーバーが浄土真宗を高評価していた?その内容や如何に? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
マックス.ウェーバーは文系の大学では取り上げない教授はいないほど有名なドイツの大学者です。
ウェーバーが発見した、プロテスタンティズムから発生した行動様式が資本主義にが発達するための必須の精神に繋がったものであるという、その内容が多くの学者の心を捉えたのです。
ゆえに、これほど多くの人間が取り上げることになったのだと思います。
文系の大学に進んだ私は、4年間、このウェーバー(下写真)のことを聞かない年はなかったです。
ある教授は「ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読まずに文系大学を出るべきではない!」とまで言っていたのです。
もし、そのことにピンときた人は、その本を読んでみるべきでしょう。
しかし、私は天邪鬼で(笑)、それだけでなくウェーバーの『中間考察』という本まで読んでみました。
この本は、今は絶版になっていますので、非常に貴重です。
中古本屋や、ネットの中古本コーナーでつぶさに探すほかないようです。
ウェーバーが、その著書で曰くのは以下です。
ヨーロッパにおける神は、人間から隔絶した超越的な存在であって、神の意志や決断は人間の量りうることではない。
神の意志を人間が推し量ったりすることは、神に対する冒とくであって、人間には許されないことである。
人間のために神があるのではなく、神のために人間が存在する。
この大衆の中ででてきた敬虔なプロテスタント信徒こそが、呪術を排斥しつつ、初期の合理的な近代資本主義の担い手となった。
他方、アジアの宗教にあっては、いわばエリートたちは「神の容器」として修業を積んだで悟りを開くことができたが、それ以外の大衆は精神的な空白状態に放置されたままだった。
そこでこの空白を埋めるべくインドでは大衆を相手に呪術を施す「グル」が発生し、大衆に現世における幸運を約束するようになったとウェーバーはみなした。
ヒンドゥー教のインドと儒教.道教の中国では若干事情は違うが、大衆レベルでは呪術が蔓延したという点では共通していた。
ところがウェーバーは、日本の仏教の中では浄土真宗のみは右に述べたヨーロッパとアジアの宗教の二大区分の図式からはみ出してしまう。
真宗はもっぱら阿弥陀仏への敬虔な帰依を説き、一切の善行往生(この世で善行を積むことによって極楽浄土に往生出来るとする考え)を否定した。
この点で真宗はプロテスタンティズムと比較できると考えた。

あらゆる狂操的、恍惚的要素を否定し、出家主義を排して在家主義をとるということに関して真宗はプロテスタンティズムと通じるが、合理的な世俗内禁欲を発展させなかった点では異なる。
こういうことです。
私は、日蓮正宗の信徒団体だった創価学会に入会を勧められて、一時期入りましたが、毎回毎回同じ言葉の繰り返しだったので辟易してしまって、今では講演にも参加せず、新聞の購読も停止しました。
それに悔いはないです。
しかし、何故、この団体に入ろうとしたのかといえば、その会員さんたちが「この団体こそが世界最高峰の宗教だ!」というからです。
ではどのように世界最高峰なのかを見てみたいと思い、入ったのですが、辟易した理由は先に書いた通りです。

しかし、浄土真宗が、前記のように文系大学でかなり重宝されている学者から、そのような評価をいただいていることを知って驚いたのです。
もし世界最高峰の宗教ならば、日蓮正宗および創価学会をウェーバーが賞賛してもいいと思ったのですが、そのような軌跡はないのです。
いや、大学者に評価されるか否かで宗教の価値は決まるわけではないので、そこの過度の請求は慎まなくてはならないでしょうが、親鸞の思想がこれほどまでに世界的に有名な大学者から評価されていることを知って驚いたのは間違いないです。
そうなれば、その浄土真宗に関心がいかないはずはないですよね?
しかし、表面的にちょっと探せば出てくるような違いや共通点を見いだす事ならだれでもできることですが、1つの評価軸を設定して、それに適合するものを見つけて、そこで共通する事象なり団体なりを探すことはできそうでなかなかできそうにないのは明白です。
そこから評価軸がどれだけことの発展に必須かを説き、それを本にする。
それによって、多くの人を感嘆することができたら、その人は評価を受けて人名も広がったということです。
まさしく、ウェーバーはそうやって、多くの人を説得することができたがゆえに、世界中で本が読まれる結果になったのでしょう。
ただ、そのウェーバーが大事と説くプロテスタンティズムの精神が資本主義の発展に大事というのはわかります。
その精神が、浄土真宗の中にも見出されて、ひいては江戸時代やそれ以降の商人たちの精神を鼓舞して、近代以降の日本の経済発展の飛躍につながったことは間違いないでしょう。
しかし、「こと浄土真宗の精神だけで」とは言い切れないもので、それ以外にもいろんな思想が寄与したことは間違いないでしょう。

その思想が広まれば、その思想と親和性のある思想や宗教思想も出てくるわけで、それらも寄与したことも間違いないでしょう。
ゆえに、浄土真宗が広まったゆえだけに…という思想にはくみしたくはないのですし、その通りでしょう。
いろんなものが折り重なって、国の行状を支えているのですから。
しかし、その浄土真宗の精神が、後世の商人たちのエ―トスの支えになったというのは瞠目すべきことですし、日本で一番信者が多いのは創価学会だとばかり思っていた私は、そうではなく、浄土真宗こそが一番信者が多いということを知って驚いたのも事実ですし、あのウェーバーが取り上げて評価していたのも驚きでした。
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⇒親鸞を貫くユダヤ.キリスト性
今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

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