創造力は、大学の学問でも、卒業後の生活でも必須!? (加藤秀俊)
こんにちは。
私が大学時代に知って、大いに感銘を受けた学者だった加藤秀俊氏(下写真)の本を読んでいると、大学教育の重要さを認識し、それを表にださずにはいられない気持ちになります。

やはり加藤氏と私はその認識内容が一緒だったようです。
加藤氏は、やはり社会にでてからは、世の中にある問題点をよきものに変えていくことが大事という認識だったし、私も一緒です。
大学での勉強と、高校までの勉強は基本的に勉強のアプローチ方法が違うのです。
高校までの勉強は、単語を覚えて、答案では( )が示されて、その( )内に入れる単語を選択肢からチョイスするか、記述するのが一般的でした。
それが正解であれば得点が取れるということでした。
しかし、大学からは、理論を学んで、その理論を書きながら、プラスアルファをつけて論述をしていくのです。
ゆえに、高校までの勉強よりは暗記する作業からして大変でしょう。
単語だけ覚えていればいいわけではないですし、それまでのペイントマーカーや単語帳などの、暗記するためのツールなどもないのですから。
しかし、論文を書く時には、大学の講義で指定された教科書を片っ端から覚えていく必要はないのです。
骨子を覚えたら、それを自分の言葉で書いた上で、論述をすすめていけばいいのです。

その際に、重要なのは、その理論上の事象について問題点をピックアップして、それをよき方向へもっていくためにはどのようなことが必要か、ということを書いていくことが大事ということです。
大学での学問(科学や哲学)は、事象を構造的に明らかにして、問題点をよき方向へもっていくために、どうすればいいかを考えることを目的に存在しているのです。
それがなぜ問題か?
よき方向へもって行くためにはどのようにすればいいか?
その論拠を多面的に論じていかなくてはいけないのです。
その際に、必要なのは、いろんな意見を汲み取ることでしょう。
ただ理論だけを書いてある本を読んで、う〜んと唸っていても考えは浮かばないのです。
やはり問題点を指摘した新書本を読むこと一番いい気がします。

ゆえに、大学での年末の試験時に、短時日や一夜漬けで覚える作業だけではかなり難しいといわざるを得ないのです。
そこにおいて、その筆者の考えを学ぶことで自身の考えが浮かぶことが大いにあるでしょう。
その考えが全面的に正しいと思えば、その考えを自分の言葉で書けばいいでしょうし、ある面では賛同できてもある面では賛同できないのであれば、その賛同できない場面の理由を書くのです。
それでもいまいち納得がいかないならば、さらに本を読み、人の意見を聞いたり、テレビやラジオやネットといった媒体から情報を得て更に吟味を重ねていくことが大事なのです。
そのような作業の積み重ねで、自身の「哲学」が生まれるのです。
その作業の積み重ねが多い人ほど貫禄のある本が書けて、威厳が感じれる人物になっていくのです。
逆に、そういう作業のあまりない人には、そういったものが感じれないのです。
ゆえに、前者を目指す、あるいは本物の学者などを目指すのであれば、シーズンオフからの積み重ねや永続が大事になるのは言うまでもないです。
確かに、そういう作業の積み重ねは、人によって向き不向きがあるのは言うまでもないことです。

大学に入って私が感じたことは、大抵の人間はシーズンオフからそういう作業をしていないので、かなり苦労しているのがわかりました。
私が敬愛していた故.加藤秀俊という社会学者曰く「大学で真剣に学んでいる人は私の印象では2割くらい」ということを自身の本の中で何度か書いていました。
大学教員生活を30年以上もしていた加藤氏が言っていたのですから間違いないでしょう。
高校までの勉強の印象では、指定された教科書に書いてある理論を片っ端から暗記していくことが大事と思われそうですが、大学での勉強はそうではありません。
確かに、大学の学問はそういうものであるという認識の教授もいるわけで、そういう丸暗記の答案こそ高得点をあげている例もありますが、そういう教員は学問というものの存立理由がまるで理解できていないのです。
そうではなく、自身で印象に残った理論をとことんまで追求してそれを研究し探求していくことによって新しい業績が出来上がるのです。
片っ端から覚えていかなくては通用しないというようなことは社会生活ではありえないです。
しかし、会社に入って、業務の内容ではそういう事態は到来するでしょうし、実際自分の覚えたいことだけ覚えればいい、では通用しないのは言うまでもないです。
しかし、会社の業務内においても問題点は存在し、それを良きものに変えていく、という作業をするためには、やはり情報を得ながら考えに考えて、吟味に吟味を重ねることによって明らかになるのは言うまでもないのです。
その作業によって事態が改善されたなら、それは非常に生きがいを感じることは間違いないでしょう。
そういう、「問題点をよきものに変えていく作業」を加藤氏は創造力と呼んでいましたが、その力は学問においても、大学後の社会生活でも必須なのです。
大学は、そのための訓練の場でもあるということを覚えておいてくれたらいいなと私は正直思います。
そんなスタンスに共鳴できる人には、以下の電子書籍はお勧めできる代物であると思います。
●お勧めです。
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する

今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。
・加藤秀俊ホーム
私が大学時代に知って、大いに感銘を受けた学者だった加藤秀俊氏(下写真)の本を読んでいると、大学教育の重要さを認識し、それを表にださずにはいられない気持ちになります。
やはり加藤氏と私はその認識内容が一緒だったようです。
加藤氏は、やはり社会にでてからは、世の中にある問題点をよきものに変えていくことが大事という認識だったし、私も一緒です。
大学での勉強と、高校までの勉強は基本的に勉強のアプローチ方法が違うのです。
高校までの勉強は、単語を覚えて、答案では( )が示されて、その( )内に入れる単語を選択肢からチョイスするか、記述するのが一般的でした。
それが正解であれば得点が取れるということでした。
しかし、大学からは、理論を学んで、その理論を書きながら、プラスアルファをつけて論述をしていくのです。
ゆえに、高校までの勉強よりは暗記する作業からして大変でしょう。
単語だけ覚えていればいいわけではないですし、それまでのペイントマーカーや単語帳などの、暗記するためのツールなどもないのですから。
しかし、論文を書く時には、大学の講義で指定された教科書を片っ端から覚えていく必要はないのです。
骨子を覚えたら、それを自分の言葉で書いた上で、論述をすすめていけばいいのです。
その際に、重要なのは、その理論上の事象について問題点をピックアップして、それをよき方向へもっていくためにはどのようなことが必要か、ということを書いていくことが大事ということです。
大学での学問(科学や哲学)は、事象を構造的に明らかにして、問題点をよき方向へもっていくために、どうすればいいかを考えることを目的に存在しているのです。
それがなぜ問題か?
よき方向へもって行くためにはどのようにすればいいか?
その論拠を多面的に論じていかなくてはいけないのです。
その際に、必要なのは、いろんな意見を汲み取ることでしょう。
ただ理論だけを書いてある本を読んで、う〜んと唸っていても考えは浮かばないのです。
やはり問題点を指摘した新書本を読むこと一番いい気がします。
ゆえに、大学での年末の試験時に、短時日や一夜漬けで覚える作業だけではかなり難しいといわざるを得ないのです。
そこにおいて、その筆者の考えを学ぶことで自身の考えが浮かぶことが大いにあるでしょう。
その考えが全面的に正しいと思えば、その考えを自分の言葉で書けばいいでしょうし、ある面では賛同できてもある面では賛同できないのであれば、その賛同できない場面の理由を書くのです。
それでもいまいち納得がいかないならば、さらに本を読み、人の意見を聞いたり、テレビやラジオやネットといった媒体から情報を得て更に吟味を重ねていくことが大事なのです。
そのような作業の積み重ねで、自身の「哲学」が生まれるのです。
その作業の積み重ねが多い人ほど貫禄のある本が書けて、威厳が感じれる人物になっていくのです。
逆に、そういう作業のあまりない人には、そういったものが感じれないのです。
ゆえに、前者を目指す、あるいは本物の学者などを目指すのであれば、シーズンオフからの積み重ねや永続が大事になるのは言うまでもないです。
確かに、そういう作業の積み重ねは、人によって向き不向きがあるのは言うまでもないことです。
大学に入って私が感じたことは、大抵の人間はシーズンオフからそういう作業をしていないので、かなり苦労しているのがわかりました。
私が敬愛していた故.加藤秀俊という社会学者曰く「大学で真剣に学んでいる人は私の印象では2割くらい」ということを自身の本の中で何度か書いていました。
大学教員生活を30年以上もしていた加藤氏が言っていたのですから間違いないでしょう。
高校までの勉強の印象では、指定された教科書に書いてある理論を片っ端から暗記していくことが大事と思われそうですが、大学での勉強はそうではありません。
確かに、大学の学問はそういうものであるという認識の教授もいるわけで、そういう丸暗記の答案こそ高得点をあげている例もありますが、そういう教員は学問というものの存立理由がまるで理解できていないのです。
そうではなく、自身で印象に残った理論をとことんまで追求してそれを研究し探求していくことによって新しい業績が出来上がるのです。
片っ端から覚えていかなくては通用しないというようなことは社会生活ではありえないです。
しかし、会社に入って、業務の内容ではそういう事態は到来するでしょうし、実際自分の覚えたいことだけ覚えればいい、では通用しないのは言うまでもないです。
しかし、会社の業務内においても問題点は存在し、それを良きものに変えていく、という作業をするためには、やはり情報を得ながら考えに考えて、吟味に吟味を重ねることによって明らかになるのは言うまでもないのです。
その作業によって事態が改善されたなら、それは非常に生きがいを感じることは間違いないでしょう。
そういう、「問題点をよきものに変えていく作業」を加藤氏は創造力と呼んでいましたが、その力は学問においても、大学後の社会生活でも必須なのです。
大学は、そのための訓練の場でもあるということを覚えておいてくれたらいいなと私は正直思います。
そんなスタンスに共鳴できる人には、以下の電子書籍はお勧めできる代物であると思います。
●お勧めです。
⇒加藤秀俊‐この社会学者を科学する

今回はこれにて終わります。
ありがとうございました。
失礼いたします。
・加藤秀俊ホーム
コメントを書く... Comments