実在したかしないかの検証は不可能…でも、その宗教に信仰心篤くなってしまう人の精神状態はどういうものか? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
宗教というのは、不可思議な面を持っているもので、その信仰という行為によって、その効果は目に見えるものではないのです。
ゆえに、証明が肉眼で出来ないものであってみれば信用などできない、という人が出てきてもおかしくはないでしょう。
宗教には入らないとする無宗教者もいれば、神や仏の存在まで否定する無神論者もいるわけです。
私は、宗教に入る人、入らない人のどちらにも与するわけではないですが、その立場によってのちのち自分に招来した結果は自分に帰すということを覚えておいてほしいものです。
もちろん宗教を信仰する、という立場の人も、その信仰によって招来した結果は自分の責任です。
私は、どの宗教にも属しないですが(=ゆえに無宗教者)、神や仏の存在は信じています。
ゆえに無神論者ではないです。
しかし、ある宗教に入った人は、入って信仰した結果、何らかの変化が表れたのでしょう。
ゆえに、その宗教にぞっこんになった。

しかし、その結果が信仰によるものなのか、全然関係ないことかはわかりません。
ゆえに、その事象の数々を客観的に観察する必要があるので、それは論文の本を読んで吟味していく必要がある、と私は思うのです。
自分が属す開祖の過去の偉業の話しを聞かされることは、その宗教内ではよくあると思います。
日蓮系宗教では、熱原の法難や小松原の法難といったことはきかされるでしょう。
これらの法難を生き抜いてきたがゆえに日蓮大聖人(下写真)は神や仏の加護を得てきた。
だからこそこの信仰をしていくべきだ、といったようなことを聞かされました私も。
しかし、それが果たして本当の話しなのか、作り話しなのかは私にも、他の誰にもわかりません。
なにしろ800年以上前の話しなのですから。

よしんばそれが本当の話しだとしても、肝心のその開祖の書いた書物に感動できなければ、信仰の意味がないですよね?
そう思い、私は日蓮が著した『報恩抄』という書物を買って読みました。
しかし、何の感動も呼び起こしませんでした。
ゆえに、この宗教は断片的に学ぶところはあれども、自分の人生の根幹になったり人に勧めたりというレベルにまではいかないな、と感じた次第です。
こういった日蓮の書いた本を読んで感動した人はそれはそれでいいと思います。
そのまま信仰に突っ走ればいいと思います。
人の感性は千差万別ですから、私が感動しなかったからといって、私は異端扱いなど絶対にしないものです。
要するに、信仰とは気持ちの問題なのででしょうか?

あまり指摘はしたくないものですが、浄土真宗の信徒たちで知っている人はそれなりにいるでしょうが、親鸞の著とされている『歎異抄』は、実は親鸞の弟子の唯円が書き記したものなのです。
親鸞が生前に言った事柄を、唯円がまとめたものなのです。
これまでこれを知らなかった人たちは「これは親鸞聖人が書かれたものなんだ!」と報恩感謝の思いで読み、そして勉学してきたのでしょう。
威厳のある人とそうでない人では、その本へ対する信者のスタンスがまるで違うのです。
威厳のある人の書かれた本とあって信じていれば、真剣さも違ってくるし、有難さも違ってくるのです。
その威厳、言い換えればカリスマ性とは、誰もが努力で身に着けられるものではなく、確かに努力も必要ですが、生まれもっての面がかなり強いのです。
その唯円が書いた、ということを知らせなかったらよかったのかもしれないですが実際はどうなのでしょうか?
しかし、親鸞が書いた言葉も当然入っているので、まったくの違う代物ということはないのは事実ですから、それなりにというかかなり学ぶ意味はあるのは間違いないです。
また『親鸞伝絵』も親鸞がなくなってから33年たってから書かれたものゆえに、かなり脚色が加わっているし、作り話し的な面が伏在しているのです。
ゆえに、そっくりそのままその内容を信じるのは間違いだと思うのです。
しかし、信徒たちはそういう思索をすることをほとんど怠っているのが現状でしょう。
そして、無批判のまま通り過ぎてしまっている…。
これは何も、浄土真宗だけではなく、他のあらゆる宗教に共通する事だろうと思います。

開祖の生涯について書かれたものについては無非難になってそっくりそのまま信じて、それを英雄視して、そして自分の内面に至高の存在として留めおき、それが人生の根幹になっているがゆえに、人生を生き生きとしていける。
そういう良き面があるがゆえに、私は宗教の存在を否定はしないものです。
生き生きとなるならば、それはそれで結構なことでしょう。
そういう存在ゆえに、宗教はいつの時代でも人々の心を捉えて離さないのでしょう。
しかし、宗教だけに依存するのは間違いでしょう。
違う面をいつも心の片隅に開けておいて、宗教に頼らなくても打開できる道を探す努力をしていかないことには、人生が停滞することは間違いないのです。
それに自分が属す宗教に対して無批判になっていては、誤った方向へその宗教が行っていっても、軌道修正が効かなくなるのは間違いない事です。

やはり、人間として人智を超えた孤高の存在は魂にとっては必要なものです。
でもそれだけに拘るな、ということを私は言いたいのです。
しかし、同じ宗教でも時代がくだるごとに、変動、そして変遷していくもののようです。
これは必然なのです。
キリストはカトリックとプロテスタントに大きく分かたれました。
信仰の違いは以下です。
カトリックは、遠心力によって神さまをはるかかなたにいらっしゃるとみる。
しかし、プロテスタントは神を自分の内面世界の中に発見しようとしている。いわばプロテスタントは求心力によって神を見つめるということです。
これはどうしてこういう違いが起きてしまったのか、ということですが、それは大きい理由として、聖書が簡単に誰でも買えて読めるようになったから、ということでしょう。
自分の部屋、あるいは図書館、あるいは喫茶店で黙読しながら誰でも自分1人で読めるようになれば、信仰のスタイルが変わって当然です。
その結果、求心力によって神をみるようになった、ということでしょう。
その違いに優劣はありません。
しかし信仰スタイルの違いをみると、どうも浄土真宗はカトリックのようなスタイル寄りのような気がします。
そして若干、求心力的な面もあることは間違いないのです。
厳密な定義づけは意味がないでしょうが、どうも、「はるかかなたにいるとする阿弥陀仏を心で想定して、その仏が自分を見つめている。
その仏が、死後私を極楽浄土で迎え入れてくれる」ということで浄土真宗は成り立っているのです。
ゆえに遠心力で対象を見ているといえるでしょう。

しかし、その阿弥陀仏の存在を明らかにしていくことは、好奇心旺盛な人間には抑えがたい衝動的な結果なのでした。
仏典には、阿弥陀仏は648億年前に、地球上の1人の人間であったということです。
そういったことは浄土信仰を通して誰もが知ることがらでしょう。
こんな昔のことを証明する手立ては一般の人間にはないのですが、しかし、信仰とは、それが、実在であったかどうかはどちらでも構わない。その人の信仰の中で、実在であったればいい、ということを信仰に心篤い人は誰もが同じことを言うのです。
逆に、そんな昔のかなたの話しゆえに信仰出来るし、信仰が揺るがないということでもありましょう。
誰もが、歴史小説や歴史物語に夢中になるのは古今東西変わらぬ事実です。
それを基にしたテレビ番組の内容の真偽をいちいち検証しながら観る人はいないでしょう。
その夢中になっている人の中で真実であればいいのです。
それと一緒でしょうか?
しかし、繰り返すようですが、そのことを完全に信じ切っていては、現実に直面した時に打開の方法がみれなくなるなってしまうがゆえに無批判でいることなかれといっているのです私は。
病気になったとして、それを経文を唱えることで治る、などという戯言を信じていては更に病気が悪化するのです。
そうではなく、その病気に効くことを探して、調べて妥当と思われることを施していく、これが王道なのです。
主体的に調べて勉強し、病気にならない事を普段から施すというのならば猶の事良いのです。
浄土真宗中興の祖として知られる蓮如は、従来の本尊に親鸞の像を加えるというアレンジを施したのです。

それによってその組織および人生が晴れやかになったのであれば、そのアレンジは批判すべき筋合いのものではないと私は思うのです。
こういう守破離は大事なのです。
だから、その宗教で言われていることに無非難にならずに、自分でもアレンジせよ、ということを私は提言したいのです。
その際は考えに考えてせよということです。
何でもかんでも変えていけなどという暴論は申しますまい。
そういうことです。
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親鸞の平等思想や、信者の三方思想(売り手よし、買い手よし、世間よし)の根源はどこから? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
鎌倉時代を生きた親鸞は、新しい思想を展開し、その内容が瞠目すべき内容だったということで、私は注目しているのです。
当時の階級社会において、このような平等主義、無教団主義を唱えたことは当時の仏教界においては一大転機だったのです。
『雑種文化』で有名な日本思想研究者であった加藤周一は「親鸞は日本思想史に未曽有の徹底した超越思想の平等感を樹立し…」として、親鸞を讃えているのです。
こういう一大転機となる思想の転換は、どのようにしてなるのかということを思索しますと、いきなり無から有を生み出すことは考えにくいのです。
やはり他分野からヒントを借りて、それで脳内で考え、発酵させていくことで、従来の考えが変わるわけです。
やはり開祖になりうる人の共通点は、いろんな書物を読んで読みまくっているということが挙げれます。
そのことで、脳内が柔らかくなり、妥当な道筋を開くことができるのです。
親鸞(下写真)も同様でした。
しかし、阿弥陀仏の前ではみな平等…何かに触発されているのは明白ではありませんか?
そうキリスト教です。
「神の前ではみな平等」ということをしきりに言っています。
この時代に日本にキリストは伝わっていない…その通りでしょう、と言いたいところですが実際は違います(笑)。
確かに日本史の教科書では、15世紀のスペインのフランシスコ.ザビエルが日本に初めてキリスト教を伝えた、と書かれていますが、実際は6世紀にはすでに入ってきていたのです。
それが全国に広まっていたのです。
それが、当時、特権階級の1つだった僧侶という身分だった親鸞も読み、それに感化されて、そういう平等思想を樹立したのです。
その本尊となる人智を超えた存在への回向、信仰、帰依…こういった敬虔な精神的な態度は人間にとって不可欠でしょう。
そういう心を持つことで心が明鏡止水の境地になり、謙虚さがにじみ出て、明日への未来を馳せる思いになる。
これほど心地よいことはないでしょう。
浄土真宗の住職を務めたこともある大峯顕氏は、その著書の中で以下の様に書いています。
「罪悪深重の自覚から出る欲は、不純粋でしかない。その愚かな衆生を救いたいという欲は、無条件に一切を摂して助けようとするその無限の慈悲の働きを現在に感じる救いを信じるのです。
しかし、自力は自らの努力や修行、善い行いをすれば悟りを得られる極楽浄土へ行けるという教え。
しかし、人間はどれだけ真面目にこつこつ骨努力しても真の意味の真実にたどりつけない。そのことをしって、他力イコール阿弥陀仏に本願力の働きにお縋りつく。
弥陀というのは無限なる光、無限なる智慧、無限なる命など、いろいろないみがある。その無限なるもの=アミターがいつでも守ってくださっている働きを阿弥陀といいます。」
これもまたキリストからの影響が伺えます。
キリスト教のプロテスタントでは、「神にいくら縋っても、死後の運命は握られている。ゆえに、いくら努力してもその道はこちらでは決められない。ゆえに、人生をかけて生業に勤しむべきだ」ということを教授しているのです。
こういう謙虚な精神の姿勢が、人を勤勉にさせるのです。
怠惰では済まされないのです。

しかし、同じ思想でも世代を経れば変形してしまうのです。
それゆえに、元にかえってその宗教思想を見直す必要があるのです。
そこで、その原始の状態を知っても、そのままの状態で布教せよということは控えなくてはならないでしょう。
幾ら偉大なる宗教思想でも、その原始の状態が、現代社会とそりが合っているか、その思想が現代と妥当か、といったことも検証しなければなりません。
元の思想に戻って、それを吟味することなく無理やり現代社会に当てはめて遵守させようとするのは単なる原理主義に堕しかねないのです。
それで妥当と思われる道を探って、その道を敢然と進まなくてはならないのです。
しかし、私が親鸞思想の瞠目すべき内容として勧めたいのは、同胞倫理ですね。
他者とのつながり性を重視しているのです。
周りの人間がいるからこそ、自分は生きていける、そんな当然のことですが、意外と忘れがちなのです。
親鸞は晩年において、私が死んだらその体を川に沈めるように言ったようです。
それは、この年齢まで生きてこれたのは、いろんな生物や人がいたらこそ。
そして、自分が死んだらこの身が今度は生物の食料になる番だからだ、ということです。
ここまで深く考えているとは…と私は驚嘆しました。
その思想を受けて、浄土真宗の信者だった近江商人の隆盛を支えたのはほかならぬ、自利利他思想だったのです。
自分よし、相手よし、世間よしの3つを基本として商行為をおこなっていったがゆえの隆盛だったのです。
また伊藤忠兵衛(下写真)の生家も浄土真宗であったわけですが、その基本理念も上記の三方良しを基本として、商人たちにそのことを書いた冊子を読ませていたようです。

これには驚きでした。
今では、ビジネスをスタートする際には、自分の利益を最大限あげることだけに視線がいきそうですが、それだけでなく三方良しを基本としないでいる場合、やはり途中でうまくいかなくなってしまうようです。
その三方良しの理念が今でも妥当といえるゆえに、やはり時代を超えた古典的な理論といわざるを得ないですね。
そして、自己肯定は、他者とのつながりの中で生まれるのです。
人間は愚かで弱く、煩悩から逃れるのは到底無理だから、もう煩悩尚の中に立ってしまえと全く発想を転換させたのが親鸞です。
ゆえにこれまで仏教界では禁忌とされていた妻帯を放免したのだろうか?という疑問が湧いてきます。
その禁忌は時代が流れれば、その妥当性が疑われるほど変形することを余儀なくされるのは言うまでもありません。
ただし何でも変形せよなどということではないのはお断りします。
考えに考えた結果、変形しなくてはいけないのならば、やはり変えなくてはならないのです。
これまで禁忌とされていたのは妻帯だけでなく肉食もです。
これも親鸞は放免したのです。
魚や肉を殺して食べるのも禁忌だったのですが、時代の流れと共にそれを変えなくてはならない事態にまで来ていたのでしょう。
そういうことをして、生業をしている人がいるからこそ、自分が生きていける。
それを古代からの禁忌だからという形式的な議論で片づけるのはおかしい、ということでしょう。
そういう意見には賛成です。
やはり、時代の変遷とともに、それまでの規則等は変えなくてはならなくなるのですから。
こういう視点に立てば、人間は誰もが悪人であるというのが親鸞の認識だったのです。
もちろん自身も。
古代の仏教では禁じられていたことを破っていかなくては生活していけない悪人ということです。
その悪人でさえも、阿弥陀仏に縋れば誰もが極楽に往生できる。
これが悪人正機説なのです。
悪人でさえも成仏できる…ならば率先して悪事をおこなってやろうとして、曲解してしまう人が大勢出てきてしまったのも、浄土真宗の哀しい歴史なのです。
決して悪事を勧める仏法ではなかったのがわかりますでしょうか?
親鸞(下写真)曰く、「他人のことではなく、あくまで自分が悪人なのだ、その自覚こそが仏性の顕現。」ということです。

こういう思想は当時の仏教界では間違いなく前衛でした。
親鸞は新しい言葉は使わず師である法然からもらった言葉に新しい意味を吹き込んで、阿弥陀仏の教えを革新的に展開させていったのです。
こういう肉付けという作業も日々おこなってきたのも、これまでの開祖といわれる人たちの共通点だったのです。
日蓮宗や日蓮正宗の開祖であった日蓮も一緒でした。
悪人正機説の根本である人間はだれしも悪人である、という理論ですが、これは何に由来しているのでしょうか?
やはり思いつくのはキリストの聖書です。
そこには、「この世に義人である人は一人もいない」と書かれているのです。
それが親鸞思想に影響したのは言うまでもないです。
親鸞が聖書を読んで…そんなことありえない!と思われるでしょうが、そんなことあるのです(笑)。
その聖書は、『世尊布施論』という名になっていますが、その内容は間違いなく聖書でした。
それは西本願寺(下写真)に保管されているのです。

興味が出た人は、西本願寺(京都府)に行って確かめるのがいいでしょう、この夏休みに…ってもう盆休みは今日で終わりですが(笑)
でも行こうと思えば行けるでしょう。
以上です。
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自身がその宗教にぞっこんになっても他人がその宗教にぞっこんになるかどうかは保証のしようなし…何故? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
宗教に入信して、その宗教を徹底的に学んだり、その宗教に人を勧誘する生活に様変わりするようになるということは、その宗教にもの凄いぞっこんになる魅力が、かんじれたのでしょう。
それはその人にとって、であって、万人にとってではないことは心に留保しておかなくてはならないでしょう。
誰にとっても、ぞっこんになるわけではないのです。
それは趣味と一緒なのです。
その人にとって良いと思われるものであっても、他の人がそう感じるかどうかは保証の限りではないことは覚えておかなくてはならないことでしょう。
浄土真宗の住職まで務めたことのある大峯顕氏は、自身の著書の中で以下の様に書いています。
「臨終に念仏して阿弥陀仏の來迎を望んでいる人は、まだ阿弥陀仏の絶大な力を本当に信じていない。念仏をしているけど、念仏する自分の力をどこか信じている。だからこれは、「他力の中の自力」であって自力をすっかり捨てた純粋無雑の他力、絶対他力の立場ではない。臨終の人が阿弥陀仏から引いた5色の糸を自分の手にしっかりと握らねばならないというところに自力の痕跡があるのです。まさしく、自力の念仏ゆえに、臨終念仏の人と浄土との間には、どうしても超えられない一線がのこらざるを得ない。つまり人間の自力が浄土を遠ざけている。」
このような文章を書くということは、親鸞に、そして浄土真宗にかなりぞっこんになったのでしょう。
最後の「つまり人間の自力が浄土を遠ざけている。」という文章はかなりぞっこんだったのが伺えます。
この宗教は自力を廃して、他力になることを基本としています。
つまり阿弥陀仏に依拠せよということです。
しかし、自力に依存しなければ、打開できない場面も往々にして人生では出てくるものです。
それを他力だけに依存せよとは、かなりこの宗教にぞっこんなのがわかります。
宗教は、その開祖が自身の価値観でもって、既存の観念から取捨選択して、自身の哲学を構築したモノであって、必ずしも万人の哲学と合致するものではないはずです。
ゆえに、自身で良かれと思うことに関しては、他から取り入れるなり、その宗教が自分にとって要らないと思われる部分があるのであれば、受け入れる必要はないでしょう。
それなのに、自力への徹底的な排除をここまでするとは…と思わざるを得ないのです。
それは、親鸞の宗教だけでなく、日蓮や道元、栄西といったいろんな宗教でも事情は一緒なのです。
こういった宗教は、かなりの広がりを見せて、日本国内はもとより、海外にまで広まっている。
だからこそ、全部無批判で受け入れるべきだ、というようなことを、それぞれの宗教信者に言われたことがあります。
確かに、そういう面は否定できないです。
偉大さがあったればこそ、そういう世界的な広がりを見せる結果になったのでしょう。

しかし、どの宗教でも「この宗教は誰にでも受け入れられるはず」という根拠のない理論が前提にあるからこそ、無理やり勧誘してそれが法的な事件にまで発展してきたのでしょう。
そういう例は枚挙に暇がないです。
私が先に書いたような前提に立っていれば、そんな事件は起こらないはずなのです。
それが信じれない人は、自分の趣味を考えてみればいいでしょう。
自身が「これは最高だ。誰もが感動するに違いない!」という自信で、人に勧めても全然スンとも反応してくれない…そんな経験はないでしょうか?
ゆえに宗教も一緒なのです。
その宗教にぞっこんになるのは結構。
しかし、その宗教に誰もが万般の信頼を寄せるかどうかは保証のしようがないのです。
それを理解しましょう。
しかし、私は、親鸞(下写真)および浄土真宗の研究をするうちに、その偉大さに感服しました。

しかし、現代は中世や近世の昔のように、思想の依拠する対象が宗教だけの時代ではないのです。
ゆえに、これだけに依拠するのは間違いでしょう。
他の媒体、最も卑近なものは本ですね。
これを多数読めば、いくらでも人生に大事な指針は得れるのです。
ゆえに万般の信頼を宗教だけに望むのは間違いでしょう?
親鸞が、衆生にわけいって念仏の素晴らしさや重要さを説いていったのは、そんな本などがまるでなかった時代だったからです。
紙自体がかなり貴重な時代だった故なのです。
しかし、今は腐るほど紙や本などはあるのです。
こういう社会背景を無視して、その宗教の素晴らしさだけを説いてもあまり説得力はないのです。
親鸞の広布によって、凡夫であっても阿弥陀仏に縋り、南無阿弥陀仏と唱えることで極楽浄土に往生できるという他力仏教が広まったのです。

これは非常に大事な観念だったのは間違いないです。
こういう理論を多くの民衆に教えなくてはならない、という使命感が親鸞の全身に襲ったのでしょう。
当時の階級社会において、このような平等主義、無教団主義を唱えたことは当時の仏教界においては一大転機だったのです。
「阿弥陀如来のもとに、人はすべて平等である」と明言した、この哲学は一大転機だったのは間違いないでしょう。
こういう哲学が多くの人に受け入れられたこそ、「真宗王国」とまで名付けられた地域一帯を形成するまでになったのですし、今や浄土真宗は日本で一番信者の多い宗教団体になったのです。
しかし、その宗教の思想を形成するには、違う媒体からも助けを借りなくてはできた話しではないのです。
感想文を書くにしても、他の本以外の本を読んでおくことで、読まないよりも容易さが増すのと一緒です。
では親鸞はどんな媒体を得ることで、こういう哲学を形成したのでしょう?
親鸞は非常な読書家でいろんな媒体書を読んでいたのです。
そのむさぼるように読む姿勢が、のちの時代への影響を大きくしていったことは間違いないのです。
それはキリストで有名な聖書だったのです。
これが彼の哲学形成に寄与したのです。
驚きでしょう?
阿弥陀仏の前ではみな平等…こういう思想からしてキリスト教を想起させるに充分ですよね?
それは世尊布施論という名で、西本願寺に保管してあるのです。
その親鸞の現代意義や特異性も極めて深く吟味して、いかように後世に影響を与えたかまで詳らかに詳説してある電子書籍.ペーパーバックが以下です!(※ペーパーバックとは、注文が入った後に、印刷.製本されて発注者のお家に配達されるシステム本の事です!電子書籍850円、ペーパーバック1738円で提供中です!)
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死後の世界の詳細が不明な場合、どうすればいいか? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
死後というものは人間にとって興味深いものではないでしょうか?
こんにちにように、医学が発達して、しかも便利な文明の利器に囲まれている時代においては、それほどではないでしょうが、現代とは社会の様相がまるで違う古代や中世の人間にとっては、非常に関心の高い事であったことは間違いないでしょう。
やはりいつ死ぬかわからない時代にあっては、臨床的だったのですあの世というものは。
歴史からさか上って見てみましょう。
死は悪いところへ行くことだから、哀しいのではなく、あまりに哀しいから黄泉の国は汚く悪い世界と思われていた。
それが日本に仏教が伝わった古代の時代での文字に接することのできていた人たちの認識だったのです。
死をもつ生の悲しみを克服するには死が存在しない国、永世の国を信ずるほかなかったようで、それが推古時代の仏教は死の世界ではなく、不死の世界を人々に保証する思想であったのです。
死者はもはや暗い黄泉の世界へ行くのではなく、仏のいます命と光の明るい世界に行くのです。
そして、そのことを保証してくれるものは、寺々に安置されている美しく尊い様々な仏像でした。

しかし、そこには、まだ現世そのものを否定する思想は見られない。
この世でかなえられない生への願いが死後の世界に投射されただけでした。
日本人が現世そのものを否定する超越的な彼岸の世界に触れたのは、源信の浄土教においてだった。
この源信は浄土真宗の親鸞が天台宗の延暦寺にいた時に接した人でした。
このころにはもう仏教は多岐化していて、天台宗の従来の本尊だった釈迦如来へだけの信仰以外にも信仰の的は他にもできていた、いや芽生えていたのはわかります。
源信曰く、「真に清浄な世界はけがれたこの現世を捨てる人間の態度に対してのみ開かれるのである」ということでした。
穢土を超越した世界こそ浄土なのであるということでした。
源信(下写真)は、『往生要集』において、八つの地獄の恐ろしい姿を生き生きと描いて、この世を厭い離れ、極楽浄土を求めるべきゆえんを説いたのです。

「しかし、源信の浄土教はこの世に生きる人間存在の不安と恐れと悲しみを完全に癒すまでには至らなかった。
黄泉の国の暗い幻影を克服することはできなかった。
親鸞の真宗の核心は、源信の思想の中にあったこのような不幸の意識をすっかり克服し、永らく死後の世界の未来にだけ置かれていた浄土は、親鸞にとって遠い他界という性格を脱ぎ捨てて現世そのものを一瞬一瞬を支える根底になった。
親鸞のいう浄土とは現世がその中にある場所の事ということ。」
これは浄土真宗の住職も務めたことがある大峯顕の書物からの引用です。
つけ足しながら親鸞は、還相回向と往相回向の両方をおこなうことで、極楽浄土に往生でき、この世でも極楽をきずけるとしたのです。
これをどう捉えるかは各人に任せます。
大峯氏は、親鸞のカリスマ性にすっかり魅入ってしまったようで、その親鸞の文言だけですっかり信じてしまっていた。
ゆえに、それ以上の突っ込んだ探索はせずに、浄土真宗の住職にもなり、その論述をすすめ浄土真宗に関する本も何冊も出していったのでしょう。

その浄土教は、6世紀の中国北魏の曇鸞が明らかにし、その内容を親鸞が学んで信仰対象にしたのです。
その際に師匠として崇めた法然にとことんまで浄土教を学び、その教えを広める覚悟をして、実際に衆生にわけ行って布教していった。
それが親鸞の人生の根本なのです。
その際の親鸞の言葉は、以下です。
「この私においては、ただ念仏によって実在を回復できるという如来の本願の道を法然上人からいただいて、それを信じるのみである。
念仏は、本当に浄土という世界へ往くための原因なのか、また地獄という世界へ落ちる行為なのか、私は一切知らない。
法然上人にだまされた念仏して、地獄に堕ちたとしても決して後悔しない。」
これだけを読むと、親鸞はあの世−天国や地獄といった場所にいけなかったのではないか…そんなことを考えてしまうのです。
仏教の創始者である釈迦−インド生まれのガウタマ.シッダールタ(下写真)は、そういう能力を持ち合わせていたようですが。

しかし、親鸞が生きながらにしてあの世に行けて帰ってくる能力があった。
その親鸞思想によって死後、浄土に行けた人が、どのような行定を辿っているかを見ることができた。
その描写が非常に写実的、というのであれば、われわれは親鸞の描写した世界観を受け入れることができるでしょうが、それらがないならば信じることは留保せねばならないのではないか、と考えてしまうのです。
こうなれば、誰もが納得できるでしょうが、そういう描写がないのです。
源信は非常に写実的に地獄絵図を描いたので、源信は生きた身のままあの世に行って帰ってこれた可能性がありますが。

ただ一般人というのは学者とは違って、接する書物には限りがあるので、物事を微に入り細にわたって知ることができないわけです。
ならば、その道の専門家に訊くほかないわけですし、また少ない情報内で割り切る必要があるのです。
短期間でそういう割りきりができた人が、その宗教の信者になるのでしょう。
しかし、注意しなければならないのは、それで満足していては真理に近づく前に終わってしまうわけです。
であるならば、その手の非常に写実的な描写がある宗教書を読むほかないでしょう。
それでどのようにしたら真に極楽に行けるのかが判明するでしょう。
それが自分の属す宗教とは関係のないものであっても真摯に読む必要があるでしょう。
今は、いろんな本が安価で入手出来て、読み、自分の糧に出きる素晴らしい時代なのです。
しかも中古本ならばもっと安価にできるのです。
それならばより深く、広く物事を探求してから進み、何もかも専門家に任せずに真理に近づいたわけで、何もかも専門家に任せていた時よりも褒めれる状態であることは間違いないのです。
もしかしたら親鸞に対する研究を進めていった結果、親鸞が生きながらあの世に行けていた可能性が判明するかもしれないのです。
それならば万般の信頼を親鸞に寄せてもいいわけですが、いまのそうでない状態のまま親鸞を手放しでは信頼は寄せれないですし、保留のままです。
こう書くと親鸞(下写真)をコケにしているように見えるかもしれないですがそんなことはないのです。

それまでの偉業については非常に感銘を受けるものですし、この人から学ぶものが大いにあることは間違いないです。
ただ完璧であることには留保をつけなくてはいけないとしているので、その他についてどんどん学び続けている、というスタンスでいるだけです。
当然、私も真理に到達したわけではないのです、まだまだ学ぶべきことはあるわけですし、知らないことばかりですので。
ゆえに満足せずに、どんどん学び続けたいというのが本音なのです。
先に「自分の属す宗教とは関係のないものであっても真摯に読む必要があるでしょう。」と書きましたが、そういうスタンスはまさに親鸞が地でおこなっていたことなのです。
そういう柔軟さがどなたにもほしいです。
●そんなスタンスに興味のある人に勧めたいのが以下の電子書籍.ペーパーバックになります!(※ペーパーバックとは、注文が入った後に、印刷.製本されて発注者のお家に配達されるシステム本の事です!電子書籍850円、ペーパーバック1738円で提供中です!)
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今回はこれにて失礼いたします。
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『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で有名なマックス.ウェーバーが浄土真宗に資本主義に必須の精神を見いだしていた? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
宗教思想にしろ、一般人の思想にしろ、他の媒介から得て、それを高次に引き上げる性格であるという点に関しては一緒ですね。
世界中で信者がいて、多くの人から賞賛されるような宗教であっても、他の媒介から得ないで発展してこなかったものはないのです。
こと日本で一番信者が多いという浄土真宗でも同様なのです。
この宗教の寺院である本願寺や、その僧侶のいでたちや扱っているオブジェや教本などは、外見から見ると、いかにも和風なたたずまいゆえに、日本でだけ純粋に発展してきたと思われがちです。
しかし、その宗祖の親鸞(下写真)の生い立ちや生涯をたどっていくと、国内の情報だけでは発展せず、いろんな宗教をこの人が勉強し、それらから重要と思われる観念の数々取り入れて、自身の脳内で発酵させて、1つの教義を創りだしたのがわかります。

いろんなものを取り入れて、ということが大事なのです。
宗祖になる人は例外なく、いろんな宗教を修めてきた…これもまた共通点なのです。
深く親鸞の生涯をたどっていくと、意外なるものから影響を受けていたのがわかります。
それは何でしょう?
しかし、その前に、親鸞の宗教である浄土真宗の特異な点を指摘しておきましょう。
それは「悪人でさえも南無阿弥陀仏と唱えれば極楽浄土に往生できる」という主旨なのです。
これを読むと、悪いことをしても救われる…ならば率先して悪いことをしてやろう、とする人間が現れてしまうのが必至です。

そういう歪曲をしてしまった人は大勢いました。
しかし、そうではないのです。
「この世に、悪いことをしてこなかった人はいない。例えば嘘をつかなかった人はいない、幼少期であろうがなかろうが。盗みを事の大であれ小であれしてなかった人はない。いやなことが起きた時につい人をぞんざいに扱ってしまったことがない人がいないだろうか、ないだろう。
こういうことを一切してこなった人はいない。ゆえに我々人間はみんな悪人である。その悪人も南無阿弥陀仏と唱えれば浄土に往生できる」としたのです。
決して悪いことを生業にしている人の擁護ではないのです。
こういう誤解をしてしまう人が出てくるから、私の言葉を聞きたいという人のみに講義をしろと、親鸞はしていたのです。
やはり上記の定義に従えば、人間は誰もが悪人なのです。
もちろん私もです!(笑)
その悪人でさえも浄土に往生できるとしていたのです。
必ず悪いことを成してしまうからこそ、人間はだれしも1日を振り返って反省と悔い改めが必須としているのがキリスト教なのです。
しかし、そのキリスト教会でも、いろんな宗派に分かれてしまい、それぞれの長の意向や価値観によって、そういう反省と悔い改めをしないところも出てきてしまうのが宗教の哀しい歴史なのです。
ならば、前の時代のその宗教について書かれた書物を読むなりして、今の自身の宗教をみなおすことが大事でしょう。
これが温故知新の精神なのです。
しかし、私が通った文系大学においては、4年間の間で社会科学を総合的に修めたドイツのマックス.ウェーバーの名を聞かなかった年はなかったです。
それくらいウェーバーは神格化されていたのです。
その地位にふさわしく、その書いた本の内容は瞠目すべきものがあったのは確かです。
そのアプローチは、宗教にまで入って社会科学を論じていたのです。
やはり社会を動かすのは人間であり、人間こそが主体なのです。
その主体を動かす精神は少なからず宗教が関与しているのが明らかです。
ウェーバー(下写真)の有名な本は『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』ですが、プロテスタンティズム精神が資本主義発展のもとになっているということです。

興味のわいた人はこの本を読んでみるのがいいでしょう。
ここでその詳細を展開することは字数の関係上できません。
しかし、ウェーバーの『中間考察』という別の本には興味深いことが書かれているのです。
世にある救済宗教の特徴をウェーバーは列挙しているのです。
それは以下です。
1、救済は、万人にとって到達可能だとする同胞倫理。これは選ばれた者だけが救いに預かれるピューリタニズムと相反するものですね。
2、この世は罪あるもののために作られている世界とする考え方。この世は罪を負った人間が寄り集まってできた世界である。現世の不完全さは動かしがたい事実。
3、不合理なるがゆえにわれ信ずという要請なしにやってゆけるような生命力にあふれた救済宗教は存在しない、ということ。
こういった分析をしているのを見ても、一見そうなのかねえと思われがちですが、巷にあるものを垣間見たり当てはめてみたりするとなるほどと思われる析出ができているから驚くほかないのです。
こういう析出ができる人がどれだけいるでしょうか?
しかし、2番目の分析事項は、まさに浄土真宗と一致しているのがわかります。

それがゆえにではなく、ウェーバーは、浄土真宗を自身の本の中で取り上げて評価しているのです。
盲目的に指導者に従うグルイズムが日本には発生しなかった。
禁欲思想が浄土真宗には蔓延して、衆生を商行為に向かわせて発展に寄与した。
こういった点をです。
やはり、行動に向かわせるのは精神、その精神を培うのは書物であり思想なわけです。
それらが、その際に浄土真宗はよい意味で寄与した、ということです。
これには驚きました。
大学の4年間で一度も名を聞かなかった年はなかったほど有名な大学者が日本の宗教、しかも私にとって盲点だった浄土真宗を取り上げて評価していたというのですから。
とりわけ、プロテスタンティズムと浄土真宗は、形成の仕方や歴史も受けた影響も違って発展してきたわけではないですから、教義において内容が異なっても自然でしょう。
しかし、クリスチャンと共通する面があるのは瞠目すべきでしょう。
通底するものを感じたのであるからゆえに、ウェーバーは浄土真宗を高評してくれているのだろうか。
文系の大学では、どこでもマックス.ウェーバーを取り上げてやまない。
そして、いまだに世界中でその人の本が読まれて売れ続けている。
…それくらい、高名な学者であるにもかかわらず、その人の書いたどの本も入手可能かといわれればそうではないのです。
その人の『中間考察』という本は、残念ながら廃刊になってしまっているけれども、読む価値は充分にあるのは間違いないです。
人類は誰もが悪人、罪を犯さなかった人はいない…この教えはどう見てもキリスト教から得たとしか思えないでしょう。
しかし、親鸞がキリストの教えを学んだはずはないだろう、と誰もが思うでしょう。
しかし、実際は違うのです。
西本願寺に、親鸞が読んだとされる聖書が保管されているのです。
その名は、『世尊布施論』(下写真)というのですが、その内容を確かめると見事な聖書だったのです。
これには驚きでしょう?
私も驚きました。

やはり、他の媒介からヒントを得て、それが大事ゆえに自身の教義に盛る、それが王道でしょう。
それが他宗教のであったら邪道だからしない…そういう頭の堅い考えは捨てたほうがいいでしょう!(笑)
重要と思われる事柄は自宗教だけではなく巷のあちこちに転がっているのですから。
親鸞が聖書から大いにヒントを得て悪人正機説を創始したといえるでしょう。
その考えを携えて自身の人生を心豊かにする…非常に結構なことでしょう。
しかし、反省と悔い改めに関しては親鸞は教義に盛り込んではいないのです。
しかし、浄土真宗の信徒の人で、それらが良いと思えるのであれば、それらを毎日の日課にすればいいでしょう。
もちろん他の宗教の人でも、一般人でも。
1日を振り返って、今日どんなことをしたか、そのうえで何か法的な罪にはならなくても、人を傷つけてしまったとか、環境や社会に対してよくないことをしてしまったのかどうかを考えて、もし思い当たることがあれば、それを神や仏に告白して、それを赦してもらうように願うのです。
まさに懺悔ですね。
こういうことは非常に有効でしょう。
明日よき日を過ごしたいと願うのであれば。

こういうように、いろんなことがいろんな媒体から学べる現代において、1つの宗教の教義だけを学んでいくだけでいいとする風潮には私は反対なのです。
それに、1つの宗教団体に入っていても、現代は他の宗教や本からも学ぶべきものがいろいろ出てくるがゆえに、その教義だけに拘ることがのちに教義と齟齬をきたしてしまうがゆえに、1つの宗教だけに入ることができないのです私は。
1つの宗教に拘るのはいい事でしょう。
しかし、それ以外にも学べることはどんどん学んでいって人生の途上で行動に移す、自身の哲学に上書きする、そういうスタンスが大事でしょう。
そのようにして親鸞は生きてきたのです。
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今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

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どの宗教の開祖も民衆よりも卓越した能力を持っていてしかるべし?その是非は? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
小学校の国語の教科書には必ずと言っていいほど頻出していた童話作家の宮沢賢治はご存じでしょうが、この人は仏教に触れていたようです。
最初は、浄土真宗でした。
生家が浄土真宗の信仰だったつてでした。
しかし、18歳のとき宮沢賢治(下写真)は島地大等編『漢訳対照南無妙法蓮華経』に接して、全身のふるえるような感動を覚えた、ということです。

それによって、宮沢は浄土真宗をすてて日蓮宗に帰依したようです。
自身で自分のやる気やモチベートを鼓舞して行動に移らせるのは、まさに自力本願なのです。
その自力本願が日蓮系の宗教の基本になります。
そういう根幹の方が、近代以降の人々には魅力的に映るようになりやすい傾向があるようです。
ましてや、凡人以上の血のにじむような努力が日常生活で必要な場合には猶更そのような傾向が見て取れます。
それに宮沢は惚れてしまったのでしょう。
それまでの宗教を捨てて改宗させてしまったのですから、よほど日蓮宗が魅力的に映ったのでしょう。
ここまでくれば止めることはできないのです。
こういうところにあるのです、私が1つの宗教に入って、その宗教の良さや素晴らしさを語り、その宗教に入っていない人を入信させる気にはならないところが!(笑)
私が浄土真宗の信徒だとして、その素晴らしさを人に語るとしましょう。
しかし、勧誘するときに相手から宮沢のような例を持ち出されたらどう反論すればいいかわからないのです。
「浄土真宗はこの上なく素晴らしいんでしょう?ならばなぜ、宮沢賢治のように改宗してしまう人が出てくるんですか?」と問われたら、私は答えに窮します。

なので、日蓮宗がいいのか、浄土真宗がいいのかわからない場合は、各自で両方の宗教について書いてある本をそれぞれ1冊づつ読んで、自分で判断してください、としか言いようがないのです。
それでどちらかを選んでそちらに入信した。
その結果いいことが起きたら、「それはよかったですね。さらに足りないところがあったらそれを脳内で補強しながら更なる上を目指してください!」といいますし、よくないことが起きたら「それは災難でした。それはその宗教のせいと決めつけるのは尚早です。自分の人生が良くなるようにいろんなことを学んで、良きことと思ったことは実行していってください。」と発破をかけるでしょう。
この宗教に入れば必ず万事良くなる、というようなおとぎ話は信じないし、ありえない、と思っているので、こういうアドバイスしかできないのです。
日本で一番信者が多いという浄土真宗でさえも、宮沢のような例が出てきてしまうのですから、万事大丈夫などということはできないのです。
ゆえに、日蓮系の団体でいう信徒になることへの勧誘である「折伏」という行為はしたい気がしないのです。
巷にはいくらでも本があり、それらをいくらでも買って読めて、そこからいくらでも人生において大事なことを学べるからです。
日蓮系について知りたい、という人がいれば、「そのことについて書いてある本を読んでください。」としか言いようがないのです私は!(笑)
自分がいいと思っていても、他人が良いと思うかどうかは別の話しなのですから。
それに、「この宗教こそ万人を救済できる!」と悟った宗教などいまだに出会えていないのです。
いろんな文字の媒体に接し、そこから自分で重要と思われる部分を選択して行動した結果はすべて自分の責任に帰すということを覚えておいてほしいものです。
浄土真宗にしろ、日蓮系の宗教にしろ、民衆の立場になって民衆を鼓舞していくという面では一緒です。
しかし、こと空海の興した真言宗の設立の当初はそういう気風があまり感じれないのです。
空海(下写真)の創造した真言密教の修法の中に、孔雀明王に象徴された大日如来、すなわち宇宙の大生命と一体化する行があります。
生命力にあふれた空海は好んでこの法をおこなったが、平凡な僧がこれを試みると暗い虚空にカミソリのような鋭い裂け目が生じ、ともすればそこへ身がめいってあやうく切り裂かれそうになる。
要するに、凡人では開祖の宗教的なレベルには到達しない、ということの好例であるということですね。
これには賛否が分かれることでしょう。
偉大なる人智を超えた能力を持った開祖に従えば人生で明瞭な指針が得れて、幸せな人生を歩める、ということでしょう。
批判する人は、それはあまりに選民主義であり、民衆の立場にたった宗教ではない、ということでしょう。
「民衆こそ王者だ!」と日蓮正宗の信徒団体だった創価学会の新聞にはそういう文言がよく書いてありました。
ゆえに、こういう選民主義には、創価学会の人間は反発するでしょう。
また、目に見えない神や仏に対峙して行をおこなう、という密教的な内容も創価学会では講ぜられることがないので、こういう面も否定的にみられるでしょう。
しかし、私はそうではありません。
多くの民衆を引っ張っていかなくてはならない開祖は、やはり人智を超えた存在かそれと同等のレベルの能力がなくて話しになりません。

それを生まれ持って人より並外れた能力を持っていた空海に神仏が、そういった能力を付与したのだ、ということがいえるとおもいます。
それが自然というものでしょう。
みんなと同じレベルの能力では、多くの人を導く開祖は務まらないのは言うまでもないのです。
こと日蓮だって、人並み外れた能力を持っていたことは指摘できるでしょう。
本に接して教学していけたのは、日蓮が生きた鎌倉時代には、天皇、貴族、僧侶含めてほんの一握りの人間だけでした。
書物を1つ書くには、100の書物を読まなくてはいけないというのが通説のようです。
もちろん使命感がわかなくては、そういった書物を作ろうとは思わないですし、よしんば作ったとしても、作らなかったとしても、生活に支障は出なかったのです。
にもかかわらず、日蓮は数多くの書物を遺していったのです。
守護国家論、災難興起由来、災難対治抄、立正安国論、顕謗法抄、法華浄土問答抄、八宗違目抄、開目抄…その他、実に計27冊もの書物を発行したのです。
書物を書くのは、当時並外れた記憶力と思考力がなければ話になりませんでした。
今のように紙がふんだんにあって、パソコンもあって、内容を忘れてしまうからといって、紙に書いておく、あるいはパソコンに上書きしておくといったことができなかった当時に、よくもこれだけの書物を出したなと感心するばかりでした。
それほど記憶力のない私が鎌倉時代に生まれていたら、100%書物など出せなかったことは間違いないでしょう。
誰だって今こういう芸当は不可能でしょう。
こういう場面を観ると、やはり日蓮(下写真)も人智を超えた存在で、神や仏から能力を付与されたとしか言いようがないのです。

しかし、私は創価学会時代に、日蓮の『報恩抄』を読んでみましたが、感動を呼び起こさなかったので、感動はなく、人に勧めようとは思わなかったのが正直なところです。
いくら人智を超えた能力があった人の書いた書物でも、自分が読んで感動できなければ、その熱烈な信者にはなれないですし、人に勧めようとは思わないのが必然です。
それに日蓮は密教的なことを嫌う性格だったようで、霊との交信だとか、地獄の描写だとか、悪霊や病魔を倒すといったことは忌避していたのがわかります。
あるいはそういうものがみれなかったか、生きながらにしてそういう場所に行ける能力がなかったのでしょうか。
しかし、宗教とはもともとそういう面があるからこそ宗教的な魅力を感じるのであって、それを一切なしでは「これが本当に宗教なの?」と疑問が頭をもたげざるを得ないのが正直なところでした。
この宮沢云々や、空海の能力云々については、福島章の 『不思議の国の宮沢賢治』を読むことで知ることができました。
こういう本が他にもふんだんにあって、それをリーズナブルな値段で買って読めて、思考や知性を膨らますことができるのが現代という素晴らしい時代なのです。
それを生かさない手はないのです。
先の空海の卓越した能力を示した文章を読めば、選民主義というような批判が出てきそうですが、選民でなければ信者になれないとも、なるなとも空海は言っていないのです。
しかし、そういう誤解をしたままの他の宗教の信者は、一知半解なまま空海および真言宗を批判するのです。

これもまた宗教広布の難しいところです。
しかし、空海があまりに卓越した人物だったゆえに難解だなという、雰囲気的に近寄るのが難しいという印象を受ける人が出てくるのは否定できません。
しかし、こと親鸞は「凡夫であっても阿弥陀仏に縋り、南無阿弥陀仏と唱えることで極楽浄土に往生できる」として、こういう他力仏教が鎌倉時代に広まったのです。
こういう平民を土台にし、衆生の精神的な幸せを全面に出した宗教はやはり大衆的な支持を広く受けやすいのは明白です。
そして大衆の注目を受けやすいはずです。
●その浄土真宗の宗教的な面よりも親鸞の展開した思想の現代意義や、他の宗教にはない特異性、意外なる宗教との共通性を知ることができるのが以下の電子書籍.ペーパーバックが以下になります。(※ペーパーバックとは、注文が入った後に、印刷.製本されて発注者のお家に配達されるシステム本の事です!電子書籍850円、ペーパーバック1738円で提供中です!)
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それまでのメインの勢力に反発をすることによって人類は歴史を歩んできた。親鸞も例外ではなかった?その是非は… (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
宗教を研究していくと、人類共通の事象がみられることがあります。
前回において、親鸞が天台宗の僧侶としてキャリアが始まり、その後、念仏を唱える浄土教に帰依することになったのは、当時の天台宗の延暦寺が、貴族の出世のための組織に成り下がってしまっていたこと。
そして、天台宗の本尊である釈迦如来に縋れども縋れども、社会の問題の打破に繋がらなかったことが起因していたことを指摘しました。
※
⇒前回記事
そういう反動的な勢力が起きて、それまでのメインの組織の勢力が揺るがされる、ということは往々にしてあるようですね。
私は、ロックの鑑賞が好きなのですが、これは80年代に大きなブームになり、そのブームゆえに必然的にミュージシャンの演奏のレベルが高くなっていき、特にギターのレベル高が注目を集めました。
80年代のブームにおいては、速弾きが流行って行きました。
そして、多くのバンドのコピーをしようと、その楽譜も売りに出されるようになりました。
しかし、当時のギターのレベルはかなり高く、コピーしようにもコピーできる人は100人中1人くらいだったのではないでしょうか?
しかし、その速弾きブームは、ロックの凋落とともに終わりを迎えました。
そして、優しい手なりのギターソロをメインにしていたバンドが大ヒットを記録すると、その追随をしようと、いろんな人が、そのコピーをしようと、そのバンドのアルバムを買い、楽譜を買ってコピーしていったのです。
それでそのバンドはそれまでのアリーナバンドから、スタジアムバンドに成り上がりました。
それがAERSMITH(下写真)というバンドです。

それまでは日本武道館などの会場で演奏していましたが、それ以降は東京ドームや福岡ドーム等のドームでツアーをするようになりました。
やはり優しい手なりのソロであれば、誰でもできるので、誰もがどんどんコピーするようになるのです。
その回数が重ねれば重ねるほど、どんどん親近感が強くなって、そのバンドにぞっこんになっていくのです。
テクニカルかどうかは、やはり二の次、三の次のようです。
あまりにテク二カル過ぎると、コピーできないので、ファンの心はどんどん疎遠になっていくのです。
上手い=大衆の支持を集める、ということではないようです、テクニカル派には残念ながら…。
その速弾きブームの終焉からはや30年以上たっていますが、流行らない現状は現在も変わっていないのです。
親鸞の思考もこのようなメインブームの反動として成長したのは明白でしょう。
親鸞が、阿弥陀仏にぞっこんになったのも、やはりそれまでの釈迦如来への帰依をしていた天台宗への反発であったのでしょう。
いくら空海と最澄の2人が遣唐使から帰国して、唐で学んだ密教のブームが日本中で巻き起こっても、それらがいつまでもブーム的な勢いが永続であるとは限らないでしょうし、他の崇めの対象が神や仏の導きなのか、日本中で巻き起こった崇めの対象を差し置いて発生してくるようです。
それが親鸞の時代には、まさに阿弥陀仏だったのです。

それにはいろんな議論が巻き起こってくるでしょうが、ここでは不問にしておきましょう。
その阿弥陀仏への帰依によって、親鸞は民衆に入っていって布教していったのです。
そういう動きにはどうしても非難が出るようで、親鸞も例外ではなかったようです。
当時は、こんにちのように仏教の宗派が敢然と分かたれていたわけではなく、三論宗、成実宗、法相宗、倶舎宗、華厳宗、律宗といった南都六宗を兼学するのが仏教の習わしでしたが、こと親鸞は念仏だけを取り上げて布教していったことも非難にあがっていたのです。
また,当時は仏教者であろうと神への帰依も同時にしていなくてはならなかったのです。
その他、7つの罪状が送られていたのです。
しかし、物事を広く俯瞰していくと疑問がわくのが、なぜ阿弥陀仏だけ親鸞の俎上にあがったのか?ということですね。
阿弥陀仏は『法華経』という仏教の経典に書いてあり、大通智勝如来という仏がいて、その仏には16人の王子がいたのです。
その王子のうちの1人が阿弥陀仏だったのです。
他の15人の王子を差し置いて、どうして阿弥陀仏だけが抜擢されたか、という素朴な疑問がわくのです。
阿弥陀仏だけが抜擢されたのは、他の15人の王子よりかなり優れた効用を持つ仏だったからなのか、それともそれはどうでもいいから釈迦如来以外の崇拝の対象が欲しかったから名の知られた阿弥陀仏が抜擢されたのかはわかりかねます。
経済に問題が起こると、その打破のために引き合いに出されるのは、アダム.スミス、カール.マルクス、ジョン.メイナード.ケインズといった経済学者の理論と相場がほぼ決まっているのです。
だが私はニーアル.ファーガソンというカナダの経済学者を引き合いに出したらどうかと思われてならないのです。
その詳細を書くと、ものすごい長さになってしまうので、その内容を書いて、いつしか書籍として出せればなと思っています。
先に、難行であった速弾きブームに反発して、今の手なりのプレイがもてはやされる時代になったということを書きましたが、それと同じ動きが、仏教界でもあったようです。
それまでの、一握りの人しか敢行できない修学もする必要もなく、またつらい苦行をすることもなく「ただ南無阿弥陀仏と唱えれば誰もが成仏できる」とする簡易な教えの方が大衆的な支持を得やすいということです。
この教えがまさに浄土真宗の教えなのです。
一握りの人間しか修められないというのでは、支持を集めにくいということです。
それは音楽の世界と一緒ですね。
いま浄土真宗は日本で一番信者の多い宗教団体のようです。

それまで、創価学会が一番と思っていた私には寝耳に水でした。
こういう興味関心のわくことを知れるからこそ、本を読んで研究していくことは面白いことです。
1つの宗教団体にだけ属して、その中だけで講義される内容だけを修めていくということは私の性に合わないし、新しい発見もないのです。
ゆえに、いくら親鸞が偉大でも、その人の内容については敬意を抱くものの、それだけでは終わりではないのです。
他に偉大な人物はたくさんいるからです。
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天台宗の延暦寺が堕落していなかったらこんにちの親鸞の地位はない?団体の栄枯盛衰の歴史を正視すべし! (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
宗教とは不思議というか興味深いもので、仏教でいうならば、仏陀−インド生まれのガウタマ.シッダールタを崇拝の対象として、この人を崇める、あるいは同時にこの人の教えを学んでいくことで始まったものです。
しかし、時がたつにつれて、そうではなくなり、その他の対象、たとえば大日如来や阿弥陀仏といった違う対象を崇め始めたりすることになったのです。
大日如来は真言宗、阿弥陀仏は浄土宗や浄土真宗が崇めの対象になっているのです。
また別の例でいえば、法華経という経典を崇めるようになった団体も出てきました。
それが、日蓮宗や日蓮正宗といった団体になります。
それでも、こういった団体は一応、仏教団体ということになっているのです。
仏陀を最高の対象とする至上主義の人からすれば、これらの団体は仏教団体として認めない、というような意見が出てもおかしくはないでしょう。
しかし、何故、崇めの対象が仏陀ではなく、大日如来や阿弥陀仏になってしまったのでしょうか?
こういう素朴な疑問が沸き起こりますね。
こと浄土真宗の親鸞(下写真)で言えば、この人は元は天台宗を学ぶ僧侶でした。
この天台宗の崇めの対象は釈迦如来で、文字通り、仏陀を崇めていたのです。
しかし、当時の最高学府として仏教の教学の場であった天台宗の延暦寺は、貴族の師弟たちの出世の手段として使われるようになり、仏教の教学の場としては廃れていたのです。
こういう場では、衆生を救うことはできないと悟った親鸞は、山を下りて、法然を師と崇めだすのです。
そして、この人から念仏を学び、この人の教えを広めようと、一気に民衆の中に入っていって、念仏を弘めていったのです。
その広まりの早さたるは尋常ではなく、北陸に真宗王国とまで言われるほどの地帯ができるまでになったのでした。
これはその弘めた人の並み並みならぬ情熱と行動力がなければできなかった話です。
その根源はどういう精神から発していたのでしょうか?
まず親鸞の思考として、阿弥陀仏にぞっこんになってしまった、ということでしょう。
先に、延暦寺が貴族の師弟たちの出世のための手段と化してしまっていた、ということを書きましたが、それでけではないでしょう。
上手くいかなかった時期を試行錯誤して長く長い時間を過ごす。
そうしたなかでちょっとしたことがきっかけで、好転する。
すると、それで心が晴れて猪突猛進になってその物事に突き進むことになる。
そんな経験はだれしもするでしょう?
親鸞は、釈迦如来に縋れど縋れど人生が好転せず、阿弥陀仏に縋ることによって人生が好転しだした。

それで、阿弥陀仏にぞっこんになったのです。
この場合から得れる教訓は、「上手くいかなかった時期を試行錯誤して長く過ごす」ということが大事なのであって、そこですぐさまアドバイスすることは控えなくてはならないということでしょう。
その経緯を経ることで、人は成長していけるのです。
ましてや、それは私に任せろなどといって他のことをさせるのも間違いなのは言うまでもないのです。
野球が大好きな人が、連日雨が降って何日も練習できずじまいだった。
しかし、次の日に快晴になって、その喜びでその日は練習に猪突猛進になって気がついたら4時間くらい練習してしまった、なんていうこともあるでしょう。
またある人が、空手をしていて、テクにばかり意識がいって練習していた。
しかし、それでは全然うまくいかなかった。
その後、ある時ヒントを得て、身体頑強で攻撃を速く強くにすると相手が退き出し試合で優位になるようになった。
それでそれまで空手からとおざかっていたが、空手にぞっこんになり毎日毎日練習ばかりになった、そんな経験談もあります。
男性の某有名な芸能人で娘がいる人の書いた本がありますが、そこには、「大学生の娘には小遣いとして携帯代と定期代しかあげない。あとは自分で稼いでものを得ることをさせる。生活に必要なお金を全部あげることはできる。しかし、それでは自分で稼いで物を買う喜びを味わえないで終わってしまう」という、子供を持つ親には非常に参考になる教訓が書いてありました。
私は、今のようにネットフリマやネットオークションのようなものがなかった時代には、中古本屋や中古盤屋しかなかったので、ここらで要らなくなった本やCDを売るしかなかったのです。
その額たるや、50円とか150円がいいところでした。
新本で5000円していたものが中古本屋にもっていっても高くて150円でしか買ってもらえなかったのです。
しかし、ネットフリマを使えば、1500円くらいで売れることもあるのです。
高いときは1900円でも。
その本をピンポイントでほしい人がアクセスしてくるからですね。
こういう喜びが味わえるのは、中古本屋や中古盤屋しかなかった苦悩の(?)時代を味わってきたからです。
それを経ているからこそ、ネットフリマのありがたさが身にしみてわかるのです。
こういう昔の苦悩を経験してきたからこそ今のネットオークションやネットフリマのありがたさがわかり、そちらばかりに猪突猛進になることが出来るのです。
そのありがたさがわかるからこそ、売れた時には、オマケを無料で付けたりすることができるし、オマケをつけたら購入者から感謝の言葉をもらったりするのです。
そういう苦悩の時期や時代は人の精神的な成長や豊かさを形成するには必須のものなのはいうまでもないのです。
ゆえに、そういう経験を部下や子供にはさせなくてはならないでしょう。
もちろん、自身にも永遠に課していかなくてはならないのは言うまでもないです。
そういう苦悩の時代を生き抜けば、その結果得た豊かな結果を得れたら、その時代のありがたさがわかり、生き生きとなるのです。
もし、親鸞が釈迦如来に縋ったことで功徳を得れたとしたら、今の親鸞の地位はなかったでしょう。
天台に縋っていただけの一僧侶で終わったでしょう。
これは何も天台宗を貶しているわけではないのです。
いくら隆盛を極めた宗教団体でも、その組織が堕落してしまったり、その宗教団体の宗教的な効用が薄れてしまう時代が必ずやってくるのが、人類の歴史を観ればわかります。
いつまでも隆盛を誇り続けることはできない。
そして、その現状を打破する勢力や人物が現れ出てきて、新しい団体を創り、それがまた新勢力として台頭してくることになる。
その浮き沈みは必ず出てくるのです。
ゆえに、安穏とはしていられないのはどの団体でも一緒です。
いま、日本で一番信者が多いのは浄土真宗だそうです。
これには驚きました。
一番多いのは創価学会だとばかり思っていたからです。
その最大勢力である浄土真宗でさえも、やはりその団体に疑問を抱き、それを打破する勢力が出てきても私は驚きません。
それが必然だからです。
そして、その際も、浄土真宗を貶す気にもならないのです。
永久に栄え続ける団体がないのも必然だからです。
ただ、今回指摘しておきたいのは、団体の浮き沈みは必然であり、そのことについて非難するには及ばない、ということです。

上手くいかなかった停滞する時期に悩みに悩み、それを打破することができたら、その後はすごく人を生き生きとさせる活力剤になるということです。
その停滞する時期を作ってしまうのが、旺盛を極めた団体である場合もあるということです。
これはその団体にとっては正視するのがきつい場面ではありますが、きちんと認識しなければならないということです。
そんな停滞の時期を暮らした後の、親鸞の半端ない行動とその後の時代について詳しく知りたい人におすすめなのが以下の電子書籍.ペーパーバックになります!
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聖徳太子が仏教派に殺されていなかったら日本はキリスト教国になっていた可能性は無きにしもあらず? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
前回は、聖徳太子は日本に仏教を弘めた最大の功労者であるという流布が意図的になされたことのわけを、詳らかにしました。
当時において既に日本にはキリスト教は入ってきており、その教えに最大限惚れていた聖徳太子は、これを中心にしつつ、仏教との中庸政策を意図していたのではないか、その内容の方が説得力があるのではないか、という主旨の文を書きました。
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⇒前回記事
天皇や貴人といわれる人たちが亡くなった時には、当時は「もがり」といって数か月の間、葬送の儀式を行うのが普通でしたが、聖徳太子が亡くなった後にはそういったもがりはなく、すぐさま埋められてしまったのです。
それは、すぐさま聖徳太子の怨霊を封じ込めてしまったからでしょう。
その怨霊が出るのを恐れて、聖徳太子の化身とされる四天王寺にある観音菩薩には全身に包帯が巻かれていたというのです。
普通に天寿を全うした人であるならば、こんなことをするはずはないのです。
そして、この人を仏教広布の最大の功労者に仕立てることでも、怨霊になることを恐れたのでしょう仏教を弘めたいとしていた仏教派の人間たちにとっては。
ではその最大の黒幕は誰だったのでしょう、という素朴な疑問がわくのです。
その太子(下写真)の死後、その息子だった山背王子が、当時最大の豪族だった蘇我入鹿によって殺されます。
その入鹿を、大化の改新において、中大兄皇子と中臣鎌足が暗殺して、執政したと日本史では教えられています。
これが645年のことです。
中大兄皇子が即位して天智天皇となったのです。
この人もかなりの程度、仏教派の人間だったのです。
そして、その他、孝徳天皇、天武天皇といったのちに仏教を弘めて、寺院まで建立してきた人たちもそれに画策してきたのではないかという疑問がもたげてきているのです。
しかし、私の観るところ、天智天皇が一番の黒幕だったのではないかと思われてならないのです。
聖人に仕立てるとか、化身像に包帯を巻くとかいったことで、怨霊が鎮まるはずもなく、怨霊はピンポイントで最大の黒幕に仕返しをするのが自然な成り行きでしょう。
日本史では教えられていませんが、天智天皇(下写真)はのちの滋賀県大津市に崇福寺という寺を建てます。

その大きさはかなり大きかったようで、「南に金堂・講堂、中央に小金堂・三重塔、北に弥勒堂などがあり、かなり大きな寺であったと考えられます。」と滋賀県の観光ガイドに書いてあるのです。
そんな大きな寺が、今は跡形もなくなっているのです。
あるのは、その跡の石碑だけなのです。
普通、巨大な寺院であれば、形成は少なからず残っているはずです。
海の近くに建立していたがゆえに、大波がきてさらわれたというわけではないです、崇福寺は山の上に立っていたのですし。
それに、山といってもそんなに標高の高いところではなく800mあたりのところなのです。
2000mクラスでは、かなり気候が荒れ狂う場合も多々ありますが、このレベルではそんな気候が起るはずもないのです。

ゆえに、聖徳太子の怨霊が、最大の黒幕であった天智天皇の建立した寺院を跡形もなく消したのではないか、と思われてならないのです。
そんな高さにあったのに、跡形もなく消えるなどということ自体が普通では考えられないのです。
その前に建った四天王寺や斑鳩寺だって、今も健全な形で遺っているいるのに、後に建った崇福寺が、こんな跡形もなく消えてしまうなんて不思議というほかないですね。
それはやはり人智を超えた存在=怨霊による仕業と考えるのが妥当でしょう。
その崇福寺跡の写真は以下です。

どうも、当時の政治を観ると、自派の宗教に反対か、それほど支持されないと判断した人がいると、候補者あるいは天皇でも、その人を殺してでも、政権につこうと考えやすい傾向があったのは否めません。
どうしても両方の良いところを採って中庸で行こうという姿勢がかなりかけているのがわかります。
そういう思想が当時の人たちが持てたならば、聖徳太子が、殺されることもなかったし、もしかしたら、もっとキリストの教えが広まって、日本もクリスチャン国になっていた可能性も無きにしも非ずです。
そのキリストの教えは、この当時から入ってきていたがゆえに、当然、博学を求めていた、のちに開祖となる人たちも触れていたのですから、もっとその可能性は大です。
もちろん親鸞(下写真)もキリストの教えを学んでいました。

それは『世尊布施論』という名に変わっていますが、親鸞が読んで学んだとされて西本願寺にそれが保管されているのです。
その内容を訳すを、まさに聖書なのです!
それが生かされて、親鸞は悪人正機説を創造するのです。
また南無阿弥陀仏と唱えることで救われる、という教えもキリストの教えからの由来だったのです。
対象とする本尊の名を唱えることで救われる、という教えは古代仏教にはなかったのです。
非常に興味深いでしょう。
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今回はこれにて失礼いたします。
ありがとうございました!

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聖徳太子は仏教広布の最大の功労者ではなかった?ならば親鸞が受けた聖徳太子の夢告の有効性は? (親鸞とユダヤ.キリスト)
こんにちは。
聖人と崇められる人や、宗教の開祖になる人というのは、神や仏が目の前にやってきて、啓示をうけたりすることが往々にしてあるようです。
それで自分に与えられた使命感を受け止めて、宗教を開宗する。
そんな例はよくあります。
モルモン教のジョセフ.スミス、統一教会の文鮮明、幸福の科学の大川隆法、イスラム教のムハンマド.アリーなどです。
しかし、かたちはたがえど、親鸞(下写真)も同じような経験をしているのです。

親鸞は3度、聖徳太子の夢告を受けているのです。
それによって、毅然とした現状打破を敢行することができたのです。
それまで悪習と思われていたものを打破することで、親鸞は偉大と思われる高評価を受けているのです。
それが肉食、妻帯を放免したことに繋がったのです。
その他、念仏を弘めることが良いのか悪いのかを悩んでいる時に、敢然とこれをおこなうと決行したのは聖徳太子の夢告があったからだという話しがあるのです。
それが2回あったのです。
それで計3回の夢告を受けることになったのでした。
こういう夢告にしろ、神が現前に現れて布教の啓示を伝えた先の例にしろ、ひたすらその道に打ち込み、努力に努力を重ねている人にだけ、そういうことが起るようです。
さしたる努力もしていない人には当然ながら、そういう啓示は受けることはないのは歴史を観ればわかります。
聖徳太子は、日本史の教科書では「日本に仏教を弘めた最大の功労者」とされていたのです。
私も、そう学校で習ったものです。
しかし、史書を見るとどうもそうではないことがはっきりしてくるのです。
聖徳太子(下写真)が仕えた推古天皇は「今、私の世においても神祇の祭祀を怠るようなことがあってはならない。群臣はこころを尽くして、よく神祇を尽くすように。」という告知をしているのです。

仕えた天皇の言いつけにすぐさま背くなどということは考えられないのが普通です。
また、太子が建てて、自ら住んだ斑鳩宮には鳥居があったのです。
鳥居とは神道のシンボルなのはいうまでもないのです。
この斑鳩宮は法隆寺の一部に今はなっているのは、のちの仏教が盛んになることで、仏教の勢力によって移遷されたのという意見もあります。
いや移遷という事態が、仏教派の仕業であると考えるのは浅はかという誹りはまぬかれないでしょう。
聖徳太子の意向をそのまま存続した可能性も無きにしも非ずです。
そこで考えれるのは、神も仏も両方尊重する中庸政策ではなかったかという気がするのですが、その厳密な聖徳太子の意図を今から完璧に読み取るのは不可能でしょう。
しかし、単に仏教だけを弘めたかったのではないことは明らかでしょう。
太子の理想は仏教立国ではなく、天皇を大祭司とする神道国家と仏教の中庸を行くことだったのではないか?

懸命な識者は、どっちに偏ることもなく、異質なものに対面したら、ひたすらに否定するのではなく、その異質なものごとについてまず深く観察してから、その良さもとり入れていくことの重要さを認識しているようです。
そして、聖徳太子の行動は、ブレーンだった秦河勝氏的な神道に加えて、キリスト教的な神道理念にも基づいていたのがはっきりしています。
日本史の教科書では、「日本にキリスト教が伝来したのは1459年のフランシスコ.ザビエルが伝えたのが最初だ」と書かれていますが、これも誤りですでに7世紀の昔に、ユダヤ人がきて伝来していたのです。
その代表が秦河勝で、この人はユダヤ人であり、キリスト教の東方ネストリウス派に改宗していたのです。
そのキリストとユダヤの混交した文化や宗教を日本に持ち込み、それが今の日本にいろんな痕跡を残しているのです。
当時の社会では、貴人がなくなった時には、もがりといって数か月葬送の儀式をおこなうのが普通でした。
しかし、日本書紀においては、聖徳太子が死んだ後に、そのもがりはおこなわれず、すぐに埋められてしまったようです。
これは仏教派が聖徳太子を早く埋めて封じ込めたかったのだろうという線が強いとされているようです。
しかし、聖徳太子の怨霊を恐れて、四天王寺にある聖徳太子の化身とされている観音菩薩には、全身に包帯がまかれていたようです。

聖徳太子が普通に天寿を全うしたというのであれば、こんな細工をする必要はないでしょう。
やはり、聖徳太子を殺して、その怨霊を封じ込めたかったのでしょう。
そのうえ、仏教広布の聖人と全国的に告知されたのでしょう仏教派から。
そのカモフラージュが、今になって暴かれているのでしょう。
このような史実から、やはり聖徳太子は仏教を弘めたかったということではなかったようです。
親鸞の宗教は仏教、そして聖徳太子の宗教も仏教、ということであれば、仏教を至高のものとして信じたい人にとっては心強くなれる事態でしょう。

仏教広布の最大の功労者である聖徳太子の夢告を受けたのであれば猶更。
しかし、聖徳太子の奉じたかったのが仏教ではないのが明らかになれば、やはり仏教を至高のものとする立場の人間には哀しい事態でしょう。
やはりキリストの神を奉じる宗教を広布したかったのでしょう。
それが、観音という姿になって、親鸞に夢告を与えたことになったのです。
事実、キリストの理念が親鸞の宗教には多く内包されているのです。
こういうような事実を知り、いろんなものに寛容の精神をもって接すれば、心ふくよかな感懐を得ることに繋がると私が思えてならないのです。
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⇒親鸞を貫くユダヤ.キリスト性
今回はこれにて失礼いたします。
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